日本は善くも悪くも横並びで進む国(民)である。
それがいい方向に進むこともあれば逆のこともある。
そしてほとんどは逆方向に進んでいたが、最近はいいことを横並びでやろうという動きが各分野で出てきだした。
その好例が金融業界の移動ATM車であり、スーパーの商品を販売する移動販売車だというのは前回紹介した。
今回は従来の慣行、横並びに敢えて反した「脱横並び」とでも呼べる挑戦を始めた中小企業の動きを紹介する。
小さな地場スーパーの大きな波紋
2月になるとコンビニ、スーパー、デパート、総菜関係の店で必ず目にするのが「恵方巻き」の予約注文と店頭販売である。
節分の日に恵方巻きを食べるのは日本人の習慣であるかのように全国で恵方巻きが売られているが、
過去、本メルマガでも書いたことがあるように、こうした習慣があるのは大阪、それも比較的限られた地方習慣にしか過ぎなかった。
それがいまでは全国津々浦々と言ってもいいほど各地で、節分の日には恵方巻きを食べるのが当たり前と
言わんばかりに売られている。
九州でも岡山でも、節分の日に豆まきはしても、恵方巻きを食べる習慣など体験したことも目にしたこともなかったが、
あっという間に、ここ10年かそこらで全国に広がった。
仕掛け人はコンビニ、それもセブンイレブンである。
瞬く間に全国に恵方巻きを知らしめ、他社を追随せしめたのだから、同社の販売戦略は見事と言うほかない。
だが、最近は弊害を指摘する声も増え、その声は段々大きくなりつつある。
問題視されているのは従業員への「ノルマ販売」(本部は否定するが)と、それに関連した従業員の「自己買い取り」。
それでも節分翌日には大量に廃棄されている。
コンビニオーナーを含め小売業に関わっている人、消費者の誰もがムダと感じながらもやめられない現実。
やめられない理由は色々あるだろうが、ひと言で言えば戦線離脱の怯え。
「横並び」から抜けることと、その結果待ち受けているかもしれないものへの怯えである。
表立っては「販売ノルマ」も、未達に対する「制裁」もないと本部は言う。
しかし、それを額面通りに受け取れないのが加盟店の経営者(特にサラリーマン経営者)だ。
契約更改時に不利になるのではないか、新商品をすぐ回してもらえないのではないかなどの疑心暗鬼に陥り、
本部の指示通りに仕入れ、結果、大量の売れ残り発生になる。
売れ残り品はホームレスの人達や生活困窮者、あるいはフードバンクに回せばいいと思うが、
これもそう簡単にはいかないようだ。一方で「こども食堂」に対する支援を行政が行いながらもだ。
邪魔しているのは何かあった時に「責任を被りたくない」という無責任主義の横行である。
かくして誰もがムダ、もったいないと感じつつ大量に廃棄されていく。
これはなにも恵方巻きの問題だけではなく、食品全般に通じる問題でもある。
しかし、こうした横並びの恵方巻き販売のあり方(大量廃棄問題)に「ノー」を唱えたスーパーが現れた。
兵庫県姫路市を中心に8店舗を展開する「ヤマダストアー」(本社:兵庫県揖保郡太子町)は
2月1日に配布したチラシに「もうやめにしよう」と大書し、「今年は全店、昨年実績で作ります
売れ行きに応じて数を増やすことを今年は致しませんので、欠品の場合はご容赦くださいませ」という言葉で結んでいる。
「もうやめにしよう」の言葉の横には次のような言葉も書かれている。
「売上至上主義、成長しなければ企業じゃない。そうかもしれないけど、何か最近違和感を感じます。」
同社が感じていた違和感は恐らく多くの地場スーパーも同じように感じていたことだろう。
だからこそ「同業の方の共感メッセージや応援メッセージ」が、このチラシが報じられた後、同社に寄せられた。
恵方巻きに関する廃棄処分は商品化される前の食材にも及んでいる。
注文に即納できるように材料メーカーが余分に作りおきしているわけで、それらがそのまま大量に廃棄されているのだ。
こういう事実を知れば誰もが「もったいない」と思うだろう。
それは小売りの側でも同じだ。
しかし、全国で売っているのに、他社が、他店が売っているのに、自分のところだけ売らないわけには
いかないという「横並び」意識が邪魔をして、バカな習慣と感じていたとしても、やめることができずにいる。
同じことは消費者にも言える。
その年の恵方に向かい、巻き寿司1本を咥え、何も喋らず黙々と(モグモグと)食べるのはとってもおかしな光景だ。
一度、TVで黒柳徹子が「徹子の部屋」のスタッフと一緒に、恵方巻きを食べている姿を見たが、
なんとも異様というか、滑稽だった。
それ以上に「毎年、スタッフ全員で食べるのが決まりになっている」と黒柳徹子が語っているのを聞いてあきれ返った。
店頭に並んでいればつい買ってしまう(乗せられてしまう)消費者も消費者だが、
買う方は占い籤を買う心理と同じなのだろう。
ともあれ、小売りの現場から売り方を見直す異議が出た意味は大きい。
もしかすると「脱横並び」の動きは燎原の火のごとく(とまではいかないだろうが)広がるかもしれない。
小売りや飲食店の営業時間短縮の動きが広がったように。
「高く買わないで」という広告
同じような動きは昨年12月、メーカーでも見られた。
かつて持っていたメーカーの力(価格決定権)が流通大手に取って代わられて久しいが、
それに異を唱える酒造メーカーが現れた。
日本酒「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造(山口県岩国市)がそれだ。
「獺祭」は安倍首相が各国首脳に贈ったこと等で一躍有名になり、以来、「手に入らない酒」
「高値の酒」と言われていたが、こうした状況にメーカー自身、おかしいと感じていたのだろう。
12月10日の読売新聞全国版に「お願いです。高く買わないでください」と書かれた全面広告を出した。
通常、広告は商品を売るために行うものだが、自社商品を「買わないで」と大書した広告は異例といえる。
厳密に言えば、ただ単に「買わないで」と言っているわけではなく、「高く買わないで」と
言っているわけだが、全国紙に全面広告を出すとなれば、それなりに広告費もかかる。
それでも商品広告なら販促効果が期待できるが、「買わないで」では逆効果といえる。
とはいえ、必ずしもそうとばかりは言えない面もある。
注目を集めるという意味では逆に大いに効果があるからだ。
まあ、同社がそこまで考えて上記広告をしたのかどうかは定かではないが、
消費者に同社の姿勢を正しく伝えたいという意向は十分伝わったと思えるし、
私自身も同社のこの姿勢に拍手を送りたい一人である。
似たような現象は過去にもあった。
焼酎ブームの時に一部メーカーの商品がプレミアム価格で販売されたり、過去の日本酒ブームの時にも同じような現象が起きた。
いずれもメーカーが出荷価格を引き上げたわけではなく、流通過程の中で価格が高騰していったわけで、
販売価格が跳ね上がってもメーカーが得することはなにもない。
それどころか不利益になることの方が多い。
ブームはいつか終わる。ブームに乗って一緒に舞い上がると、「宴の後」の反動が怖い。
酒や焼酎は工業製品と違って、売れているから納品数を増やせ、増産したいと思っても数か月後に倍増
というわけにはいかない。設備投資は別にしても、仕込みから1年かかる。
原材料の仕入れ先を替えれば品質が変わることはままある。
それが元で古くからの顧客に「味が落ちた」と言われれば、後々に影響する。
そうした事例を見聞きして知っているから、堅実なメーカーはブームで不当に高い価格で
販売されることを内心苦々しく思っていても、それを表立って言うことはなかなかできない。
酒造メーカーや焼酎メーカーには小さな蔵元が多いから、「うちの出し値は変わっていないんです」と
馴染み客に愚痴るぐらいだ。
そう考えれば今回の旭酒造の「高く買わないでください」という全面広告は業界の声を代弁したものと言える。
ただ、「高く買わないで」と言われても、いま売られている価格が妥当なのかどうかが判断できない。
そういうことも考え、同社は紙面に希望小売価格を載せている。
それによると「純米大吟醸50」は720mlが1539円、1.8lで3078円。
「磨き三割九分」は720mlが2418円、1.8l4835円。
そして紙面の下3分の2に全国にある正規販売店約630店の名前を載せている。
この動きに、転売目的で「獺祭」を抱えていた業者が一斉に商品の放出に走ったのかどうかは不明だが、
いま「獺祭」を店頭で見かけることが増えたし、普通に手に入るようになった。
いままでは「業界の常識」に従い「横並び」で販売していた小売業や、
流通業者任せにしていたメーカーが販売の原点に立ち返り、業界の常識に「ノー」と言いだし始めた。
こうした動きがやがて大きな潮流になるかもしれないし、そうなることを期待したい。
2018.2.13
それがいい方向に進むこともあれば逆のこともある。
そしてほとんどは逆方向に進んでいたが、最近はいいことを横並びでやろうという動きが各分野で出てきだした。
その好例が金融業界の移動ATM車であり、スーパーの商品を販売する移動販売車だというのは前回紹介した。
今回は従来の慣行、横並びに敢えて反した「脱横並び」とでも呼べる挑戦を始めた中小企業の動きを紹介する。
小さな地場スーパーの大きな波紋
2月になるとコンビニ、スーパー、デパート、総菜関係の店で必ず目にするのが「恵方巻き」の予約注文と店頭販売である。
節分の日に恵方巻きを食べるのは日本人の習慣であるかのように全国で恵方巻きが売られているが、
過去、本メルマガでも書いたことがあるように、こうした習慣があるのは大阪、それも比較的限られた地方習慣にしか過ぎなかった。
それがいまでは全国津々浦々と言ってもいいほど各地で、節分の日には恵方巻きを食べるのが当たり前と
言わんばかりに売られている。
九州でも岡山でも、節分の日に豆まきはしても、恵方巻きを食べる習慣など体験したことも目にしたこともなかったが、
あっという間に、ここ10年かそこらで全国に広がった。
仕掛け人はコンビニ、それもセブンイレブンである。
瞬く間に全国に恵方巻きを知らしめ、他社を追随せしめたのだから、同社の販売戦略は見事と言うほかない。
だが、最近は弊害を指摘する声も増え、その声は段々大きくなりつつある。
問題視されているのは従業員への「ノルマ販売」(本部は否定するが)と、それに関連した従業員の「自己買い取り」。
それでも節分翌日には大量に廃棄されている。
コンビニオーナーを含め小売業に関わっている人、消費者の誰もがムダと感じながらもやめられない現実。
やめられない理由は色々あるだろうが、ひと言で言えば戦線離脱の怯え。
「横並び」から抜けることと、その結果待ち受けているかもしれないものへの怯えである。
表立っては「販売ノルマ」も、未達に対する「制裁」もないと本部は言う。
しかし、それを額面通りに受け取れないのが加盟店の経営者(特にサラリーマン経営者)だ。
契約更改時に不利になるのではないか、新商品をすぐ回してもらえないのではないかなどの疑心暗鬼に陥り、
本部の指示通りに仕入れ、結果、大量の売れ残り発生になる。
売れ残り品はホームレスの人達や生活困窮者、あるいはフードバンクに回せばいいと思うが、
これもそう簡単にはいかないようだ。一方で「こども食堂」に対する支援を行政が行いながらもだ。
邪魔しているのは何かあった時に「責任を被りたくない」という無責任主義の横行である。
かくして誰もがムダ、もったいないと感じつつ大量に廃棄されていく。
これはなにも恵方巻きの問題だけではなく、食品全般に通じる問題でもある。
しかし、こうした横並びの恵方巻き販売のあり方(大量廃棄問題)に「ノー」を唱えたスーパーが現れた。
兵庫県姫路市を中心に8店舗を展開する「ヤマダストアー」(本社:兵庫県揖保郡太子町)は
2月1日に配布したチラシに「もうやめにしよう」と大書し、「今年は全店、昨年実績で作ります
売れ行きに応じて数を増やすことを今年は致しませんので、欠品の場合はご容赦くださいませ」という言葉で結んでいる。
「もうやめにしよう」の言葉の横には次のような言葉も書かれている。
「売上至上主義、成長しなければ企業じゃない。そうかもしれないけど、何か最近違和感を感じます。」
同社が感じていた違和感は恐らく多くの地場スーパーも同じように感じていたことだろう。
だからこそ「同業の方の共感メッセージや応援メッセージ」が、このチラシが報じられた後、同社に寄せられた。
恵方巻きに関する廃棄処分は商品化される前の食材にも及んでいる。
注文に即納できるように材料メーカーが余分に作りおきしているわけで、それらがそのまま大量に廃棄されているのだ。
こういう事実を知れば誰もが「もったいない」と思うだろう。
それは小売りの側でも同じだ。
しかし、全国で売っているのに、他社が、他店が売っているのに、自分のところだけ売らないわけには
いかないという「横並び」意識が邪魔をして、バカな習慣と感じていたとしても、やめることができずにいる。
同じことは消費者にも言える。
その年の恵方に向かい、巻き寿司1本を咥え、何も喋らず黙々と(モグモグと)食べるのはとってもおかしな光景だ。
一度、TVで黒柳徹子が「徹子の部屋」のスタッフと一緒に、恵方巻きを食べている姿を見たが、
なんとも異様というか、滑稽だった。
それ以上に「毎年、スタッフ全員で食べるのが決まりになっている」と黒柳徹子が語っているのを聞いてあきれ返った。
店頭に並んでいればつい買ってしまう(乗せられてしまう)消費者も消費者だが、
買う方は占い籤を買う心理と同じなのだろう。
ともあれ、小売りの現場から売り方を見直す異議が出た意味は大きい。
もしかすると「脱横並び」の動きは燎原の火のごとく(とまではいかないだろうが)広がるかもしれない。
小売りや飲食店の営業時間短縮の動きが広がったように。
「高く買わないで」という広告
同じような動きは昨年12月、メーカーでも見られた。
かつて持っていたメーカーの力(価格決定権)が流通大手に取って代わられて久しいが、
それに異を唱える酒造メーカーが現れた。
日本酒「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造(山口県岩国市)がそれだ。
「獺祭」は安倍首相が各国首脳に贈ったこと等で一躍有名になり、以来、「手に入らない酒」
「高値の酒」と言われていたが、こうした状況にメーカー自身、おかしいと感じていたのだろう。
12月10日の読売新聞全国版に「お願いです。高く買わないでください」と書かれた全面広告を出した。
通常、広告は商品を売るために行うものだが、自社商品を「買わないで」と大書した広告は異例といえる。
厳密に言えば、ただ単に「買わないで」と言っているわけではなく、「高く買わないで」と
言っているわけだが、全国紙に全面広告を出すとなれば、それなりに広告費もかかる。
それでも商品広告なら販促効果が期待できるが、「買わないで」では逆効果といえる。
とはいえ、必ずしもそうとばかりは言えない面もある。
注目を集めるという意味では逆に大いに効果があるからだ。
まあ、同社がそこまで考えて上記広告をしたのかどうかは定かではないが、
消費者に同社の姿勢を正しく伝えたいという意向は十分伝わったと思えるし、
私自身も同社のこの姿勢に拍手を送りたい一人である。
似たような現象は過去にもあった。
焼酎ブームの時に一部メーカーの商品がプレミアム価格で販売されたり、過去の日本酒ブームの時にも同じような現象が起きた。
いずれもメーカーが出荷価格を引き上げたわけではなく、流通過程の中で価格が高騰していったわけで、
販売価格が跳ね上がってもメーカーが得することはなにもない。
それどころか不利益になることの方が多い。
ブームはいつか終わる。ブームに乗って一緒に舞い上がると、「宴の後」の反動が怖い。
酒や焼酎は工業製品と違って、売れているから納品数を増やせ、増産したいと思っても数か月後に倍増
というわけにはいかない。設備投資は別にしても、仕込みから1年かかる。
原材料の仕入れ先を替えれば品質が変わることはままある。
それが元で古くからの顧客に「味が落ちた」と言われれば、後々に影響する。
そうした事例を見聞きして知っているから、堅実なメーカーはブームで不当に高い価格で
販売されることを内心苦々しく思っていても、それを表立って言うことはなかなかできない。
酒造メーカーや焼酎メーカーには小さな蔵元が多いから、「うちの出し値は変わっていないんです」と
馴染み客に愚痴るぐらいだ。
そう考えれば今回の旭酒造の「高く買わないでください」という全面広告は業界の声を代弁したものと言える。
ただ、「高く買わないで」と言われても、いま売られている価格が妥当なのかどうかが判断できない。
そういうことも考え、同社は紙面に希望小売価格を載せている。
それによると「純米大吟醸50」は720mlが1539円、1.8lで3078円。
「磨き三割九分」は720mlが2418円、1.8l4835円。
そして紙面の下3分の2に全国にある正規販売店約630店の名前を載せている。
この動きに、転売目的で「獺祭」を抱えていた業者が一斉に商品の放出に走ったのかどうかは不明だが、
いま「獺祭」を店頭で見かけることが増えたし、普通に手に入るようになった。
いままでは「業界の常識」に従い「横並び」で販売していた小売業や、
流通業者任せにしていたメーカーが販売の原点に立ち返り、業界の常識に「ノー」と言いだし始めた。
こうした動きがやがて大きな潮流になるかもしれないし、そうなることを期待したい。
2018.2.13