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(アラビア語版)
2019.11.25
メディアが報じない財閥の動向
サウジの最近の報道を見ると奇妙なことに気づかされる。それは財閥企業の活動がほとんど報じられていないことである。同国にはアルワリード王子率いる企業集団Kingdom Holdingやトヨタ自動車総代理店のAbdul Latif Jameel (ALJ)をはじめ、最も古い歴史を誇るザイネル財閥、ゼネコン最大のビン・ラーデン財閥、工業財閥のザーミル、不動産・ホテルを運営するアル・ファイサリア財閥など多数の財閥がある。これらの企業グループが行う外資との提携、M&Aなどはメディアに頻繁に報道されていた。
しかし現地紙インターネット版を見る限り、2017年頃を境にこれら財閥のニュースが極端に少なくなっている。それはサルマン現国王の子息ムハンマド(通称MbS)が野心的な経済改革政策「ビジョン2030」を打ち出し、さらに皇太子に即位して実質的に国政の全権を掌握した時期と奇妙に符合しているのである。
現在、同国の財閥はMbSに直接かかわることを避けており、財閥とMbSは冷戦状態にある。
予兆:汚職摘発に名を借りた私有財産の没収
その予兆は一昨年11月のリッツカールトン幽閉事件である。これはムハンマド皇太子がアブダッラー前国王子息や高級官僚だけでなくアルワリード王子、ビン・ラーデン財閥当主などを汚職容疑で逮捕拘束した事件である。これは政敵の追放が主たる目的であったことは明らかである。被疑者たちには莫大な罰金が科された。汚職摘発に名を借りた私有財産の没収である。捜査及び公判の詳細は公開されることなく事件は闇に葬られた。ビン・ラーデン当主は株式の36%を政府に差し出し、MbS率いるPFI(公共投資基金)がビン・ラーデン社の筆頭株主になったのである。MbSに対する警戒感が一挙に民間財閥に広がったことは言うまでもない。
なり手のない商工会議所連盟会頭
リッツカールトン幽閉事件は昨年7月の商工会議所連盟会頭選出問題に波及した。サウジ民間経営者の最高ポストである連盟会頭にTaif商工会議所会頭が、また連盟副会頭にはマディーナとハイールの会頭が選出された。同国には商工会議所が32か所あるが、ジェッダ、リヤド、東部地区(ダンマン・アルコバール)の3商工会議所の勢力が圧倒的に強い。したがって連盟会頭は慣例的にこれら3つの商工会議所の会頭が持ち回りで務めてきた。彼らは当然のことながら有力財閥の当主である。
ところが新しい連盟会頭及び副会頭は3つの商工会議所に比べて明らかに格下の商工会議所の出身である。業界単位の団体がほとんどないサウジでは商工会議所が政府と民間の唯一の橋渡しである。ジェッダ、リヤドあるいは東部地区の三大商工会議所が政府との橋渡し役を忌避したと考えられる。政府とはとりもなおさず皇太子のMbSである。大手財閥がMbSに非協力宣言をしたのである。
激減する外国からの直接投資
それは国連貿易開発会議(UNCTAD)が公表するサウジアラビアへの対外直接投資(FDI)流入額が激減していることにも表れている。2015年までほぼ80億ドル台であったサウジへの直接投資は、2016年には75億ドルに減少、2017年はわずか14億ドルにとどまっている(2018年は32億ドル)。直接投資とは外国企業が国内の民間企業と技術・資本提携により投資を行うのが基本である。最近の数値は、外国企業、国内企業いずれもが、サウジ国内への投資に魅力を感じていないことを表している。むしろサウジ向け投資にリスクすら感じているように見受けられる。その最大の要因が皇太子の強権的手法と無謀ともいえるビジョン2030政策に対する懸念ではないだろうか。
さらにIMFが半年ごとに発表する国別経済見通し(World Economic Outlook)によれば、サウジの経済成長率はここ最近連続して下方修正されている。例えば2018年10月版で+2.4%と予測されていた今年(2019年)の成長率は、2019年4月版では+1.8%に修正され、さらに最新の10月版によればわずか+0.2%にとどまる見通しである。サウジのGDP成長率の低下は原油価格の下落が最も大きな要因であるが、相次ぐ成長率の下方修正は国内民間部門の低調もその一因である。外国企業はこれらの経済指標を見て、サウジでのビジネスを再考しつつある。
このままではビジョン 2030の失敗確実
マクロ経済の数値を見る限り皇太子が提唱するビジョン2030の達成は極めて難しい。2030年までにまだ時間があるにせよ、2020年までに達成すべき具体的目標を示したNTP2020(国家変革計画)は達成不可能と言って間違いない。NTP2020が掲げる目標は具体的であり、例えば(1)非石油収入を5,300憶リアルに増加、(2)公務員の給与削減を4,800億リアルから4,560億リアルに削減、(3)ソブリン格付けをムーディーズA1からAa2に引き上げ、(4)非石油部門で45万人以上の雇用創出、(5)非石油輸出を1,850億リアルから3,300憶リアルに増加、等々である。これらの目標が来年達成できると考えるエコノミストはいないであろう。政府自身もそのことを自覚しているのか、最近ではNTP2020の話題に触れなくなった。
ビジョン2030はどうであろうか。脱石油による産業の多角化を標榜して数々のプロジェクトを打ち上げた。その代表的なものが東海岸(アラビア湾岸)の造船・ドライドックプロジェクトであり、あるいは西海岸(紅海沿岸)の巨大リゾート開発計画NEOMである。すでに着工済みで完成の暁には百万人規模の雇用が生まれるという。若者(特に女性)の失業問題に悩む政府はこれらのプロジェクトで若者の期待感を募らせている。しかしサウジの若者たちが炎天下の造船ドックで溶接したり、あるいはリゾートホテルでベッドメーキングやポーターをやれるとはとても思えない。ホテル客にしてもホスピタリティを感じるどころではなかろう。結局ビジョン2030のプロジェクトの多くは失敗に終わること間違いなさそうである。
結び:アラムコ株IPOで踏み絵―再び牙をむくか皇太子
ビジョン2030の中で唯一成功が約束されているのはアラムコIPOであろう。企業価値は皇太子が期待した2兆ドルには及ばず、1.5兆ドル前後とみられるが、政府は個人投資家に各種インセンティブをちらつかせている。一般市民がアラムコ株に殺到することは間違いない(購入資金調達のため他の株を売ったり、自宅を抵当に入れて銀行から借り入れるなどの副作用も出ていると言われる)。
但し一般市民だけでは限度がある。皇太子は国内市場でアラムコ株0.5%を売却するため、裕福な財閥ファミリーに働きかけているようである。しかし皇太子を信用しない財閥はアラムコ株の取得に気乗り薄である。これに対してIPOのスムーズな実現が至上命題である皇太子は再び牙をむきアラムコ株の購入を財閥に強要しそうな雰囲気である。皇太子は財閥の忠誠心の証しとしてアラムコ株購入を踏み絵にするのではないだろうか。
以上
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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com
ホームページ:OCIN INITIATIVE(http://ocininitiative.maeda1.jp/index.html)
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