数年前から面倒になって、ずっと30年30年と言ってる夫とわたしの夫婦年数だが、正確に言うと今年で満29歳である。
もっと正確に言うと、まだ離婚できていないまま幼児だった息子たちを連れて出たのが1992年の5月で、前夫との離婚手続きが完了したのが10月の末。
その後、女のわたしは6ヶ月再婚してはいけないという法律に従わなければならなかったので、現夫との正式の結婚届はさらに遅れて翌年1993年の5月になった。
なので実際に一緒に暮らし始めたことを基にして言うと29回目の結婚記念日になり、書類上で言うと28回目の結婚記念日になる。
夫は書類の方にこだわるが、わたしは物理的に一緒に暮らした方にこだわるので、話がいつもややこしくなる。
結婚式はせずに、会費制の披露宴をした1993年の7月4日まで入れると、もう老いてきた脳みそがついてこれない。
大津の隠れ屋に引っ越したのが1992年の5月1日で、現夫と一緒に暮らし始めたのが6月の半ばで、前夫との離婚が成立したのが10月半ばで、現夫との婚姻届を大阪の区役所に出したのが翌年1993年の5月で、会費制の小さな披露宴を設けたのが7月4日…。
結婚記念日が来るたびに、夫とわたしはこの記憶について話し合い、互いに整理しながら小さなため息をつく。
この家に引っ越すまで暮らしていた隣町の、一番人気のフレンチレストランでお祝いディナーを食べた。
店はもう思いっきりの満席。
隣の席とは透明のアクリルパーテイションで仕切られてはいるものの、食べている客は皆マスクなどしていない。
立ち歩く時だけはマスクをつけるが、もうそれ以外はコロナ禍以前と全く同じ。
それでもこのエセックス郡の1日の新感染者数は、最悪だった1ヶ月前の400人から20人にまで減っている。
ワクチン完了者は50%、接種対象年齢が15歳から12歳にまで下げられた。
このまま収束に至ってくれればいいのだけど、こういう事柄に対する知見が無いわたしには全く予測ができない。
幸せな夕食の翌朝に早起きして、歯の治療に向かった。
例の少なくとも15万円は払うことになりそうな、心身ともにとても辛いあの治療である。
左下の奥歯(親知らずから3つ目)の銀の被せ物をした歯が欠けたのを、なんとかして欲しいというのがわたしのお願いだった。
でも、その隣の歯だってかなり怪しい。
とにかく保険が無いわけだから、なんでもかんでも実費で払わねばならず、下手をすると虫歯1本で何万円もかかるのでついつい足が遠のいてしまい、結果、知らず知らずのうちに虫歯がどんどん進行してしまう。
とりあえず治療が始まる。
ビビリのわたしは夫から予め痛みを軽減するツボと気持ちを落ち着けるツボに鍼をビシバシ打ってもらい、精神安定のための漢方薬も飲んだので、とりあえず落ち着いてはいた。
歯科医もわたしの弱点を重々に訴えておいたので、麻酔をかける時もかなり慎重にしてくれた。
削って削ってまたまた削って、まだ残っている歯があるのか?と疑いたくなるほど削るのみの作業が続く。
唇には輪っかがはめられていて、ずっとドナルドダックのクチバシみたいに開いているので何も言えない。
もうかなり時間が経った頃に、なんだかフワフワした感じの電子音楽が聞こえては止まり、また聞こえては止まりする。
一体なんなんだこれは?と思っていたら、ようやくちょっと休憩しましょう、と言って輪っかが外された。
椅子の背もたれに頭を乗っけてボーッとしているわたしのすぐ後ろから、コンピューターのマウスをカチカチ鳴らす音が聞こえてきたので覗いてみると、
「今まうみの歯を作ってるところだよ」と医者が言う。
え?この3Dの画像が?
このセレックシステムは、こちらでは随分前からすっかりお馴染みなのだそうだが、歯科通いをしないわたしにとっては異次元の世界だ。
もう本当に驚いてしまって、治療中だというのにあれこれ質問したり感心したり、多分「何者だあんたは?」と呆れられたに違いない。
セレックシステムとは、コンピューターの3D画面上で修復物の設計を行い、ミリングマシンと呼ばれる自動切削機でセラミックブロック(クラウン)を削り出すというもので、30分ほど待つと詰める歯が完成する。
完成してすぐの歯は紫がかった白色だったが、わたしの黄ばんでいる歯の色に合わせるという技まで見せてくれた。
いやあ、すごいすごいと感心している場合ではない。
一体これにいくらかかっているのだ?
結局、その日の治療にかかった時間は約4時間。
セレッククラウンと隣の歯の治療と一時的な被せ物を合わせて20万円也。
隣の歯はもう真っ二つに割れる寸前なので、別の専門医に抜歯をしてもらい、その後またセレッククラウン治療を受けなければならない。
これから当分の間、働いても働いても無収入という気分が続く…。
治療中の出血が驚くほどに少なく、治療後の痛みは夫の痛み止めの鍼で軽減してもらったけど、やっぱり4時間は体にこたえた。
夫はやたらと優しく、食事の準備も片付けも全て任せろと言ってくれた。
とりあえずもしもの場合を考えて、痛み止めの錠剤をベッドのすぐ横に置いて寝たけど、夫の鍼だけで十分だった。
いやあ、でも、歯の手入れを疎かにした覚えなど無いし、チョコレートもケーキもクッキーもだいぶ前に絶ったのに、どうしてこうも歯が悪くなるんだろう。
あ、そっか、餅やおかきや粒あんを毎日のように食べてたら同じか。
でもなあ、楽しいこともしないと気持ちの元気が続かないもんなあ。
なかなかの悩みどころなのである。