鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

現実逃避的読書

2015-05-05 04:58:56 | Weblog
 
この数年間・・・正確には、2009年以降、これまでの読書が全くできなくなってしまった。
心因性のもので、読書を始めても、不安や絶望や憤り・・・全て、マイナスの感情と言われるものに憑りつかれて、ページを進めることなく、中断してしまう。

物語の中に入り込むことが、非常に困難になっていた。

しかも、夜は、眠れず・・・状態で、休日なども、本を開いただけで、眠たくなって、うとうとするけれど、入眠直前に、現実を突きつけられて(思い出して)、はっと目が覚めてしまい、あとは、ただ落ち込む時間に浸っているだけだった。

認めたくない現実に直面すれば、するほど、何処かへ逃避したいと思うけれど、それが読書と睡眠だったから、この二つが上手くいかなくなると、息抜きをする間もなく、不安という暗雲に包まれて、もうどうにも身動きできなくなってしまっていた。

せめて・・・読書や映画、そして睡眠が、それなりに機能していれば、辛い現実を、少しだけでも忘れることが出来るのに・・・。

そう思いながら、読みもしないのに、バカのように書籍を購入し、3年前には、ほとんど無かった書物の塔(・・・若しくは、書筍とよんでいる)が、部屋を占領し始めている。

最近、再び、大きめの地震などが、起きるたびに、書籍の塔は、ドサっと崩れ落ち、うとうと眠っているとドキっとして目を覚ます。

崩れたままにしておいても、あまり問題は、ないけれど、やはり、埃が溜ったりするので、再び、賽の河原のように、本を一冊、一冊・・・積み上げてみる。

ヒトツ積んでは、父の為、フタツ積んでは、母の為・・・って、何だか、相当、陰気になってしまった。

さて、一昨日も午前中に少し大きめの地震があったが、やはり、ひとつふたつ書籍の塔が倒れた。
少し読んで、中断していた本が、姿を現す・・・。

ああ・・・途中だったよなぁ・・・と思いながら、開いてみる。

読みたいのに、読めなかった1冊である。

上手い事、読めないのは、重々承知だけれど、一応、世間は、ゴールデンウィークってことだし(ワタシは、このところ、毎日がゴールデンウィークだ)、渋滞の高速道路の状況をテレビで見て、ビールなんぞ読みながら・・・さて、現実逃避でもしますかね・・・などと、ひとりで、ブツクサ言いながら、本を開く・・・。

でも、アルコールが入ってしまうと、もう眠気で、本を読むどころではなくなってしまうのだ。