友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

自己満足と自己矛盾

2017年12月20日 17時25分14秒 | Weblog

  姉の見舞いに行って来た。私が姉の前に立つと、一瞬は嬉しそうな顔をしたのに、「どうしたの?」と言う。「みんなでお見舞いに来たよ」と答えると、キョロキョロと周りを見た。そして、一瞬、明るい表情になったのにすぐ難しい顔をした。部屋でおしゃべりをして、姪っ子の息子たち、姉にすれば孫たちが正月に帰って来られるか、そんな話や、義弟がメダカを飼っているので、どんな風に世話をしているかなどを話す。

 また、我が家の孫たちの成長ぶりを分かってもらおうと、写真や動画を見せる。「可愛いね」と笑ってくれる。私はそこで、1月3日の我が家での「新年会」を来年で最後にしようと思っていることを話すつもりでいたが、姉を見ていて止めてしまった。何も姉に告げなくても、3日にみんなが来てくれた時に話せばいいと思い直した。本当は姉に「新年会は止める」と告げることで、墓石の撤去に続けて、親族の集まりも無くす私の意思を伝えたかったが、ただの自己満足と分かった。

 昨夜の誕生日会の忘年会は、相変わらず皆よくしゃべった。宴会の後はカラオケに行く予定だったが、カラオケ店が休業日と分かり、結局マンションに戻って「2次会」となった。北朝鮮問題から大相撲問題、生い立ちや家族のつながり、「海外旅行に行きたい」という現実的な問題など幅広かった。日本酒の好きな人は日本酒を、ワインの好きな人はワインを、私は「(明日)姉のところに車で見舞いに行く」ので、ビールだけにしておいた。

 政治の話が好きな人たちは、私のために選挙を一生懸命で手伝ってくれたが、話を聞いているとかなり愛国的で、私の考えとは正反対だ。首長選挙や地方議員選挙だから、国政にかかわるような論議はしてこなかったが、それにしても選挙と政治信条はこんなにかけ離れていたのかと、私自身の矛盾を痛感した。心からの友であるが、思想的には全く違う。そんなものだろうと思い、私は自己満足した。


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