友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

自分の意志で眠り続けている

2024年01月27日 16時40分38秒 | Weblog

 カミさんは退院する時、病室でも軽く咳をしていたが、気になるような激しさも頻度もなかった。しかし、病院から帰る頃からよく咳をするようになった。長女とカミさんと3人で昼食を取っていると、「コンコン」と咳をする。長女が「何時から?」と訊くと、「一昨日くらいかな。でも、熱は無いし、大したことないわ。明日、土曜日だから午前中にクリニックに行くわ」と、のんびりしたことを言っている。

 午後の診察がある日からだから、今日でもいいはずだ。「予約したら」と私が言うと、長女は母親の表情が時間を追うごとに疲れていると判断し、「私が送ってあげるから、今日行こう」と促す。診察は5時からで、電話受付は4時40分からと電信音が答える。4時40分に電話を入れると看護師が出て、予約が取れたので時間前に長女がクリニックへ連れて行ってくれた。

 退院して来たばっかりだというのになんてことだと思いながら台所に立つ。鍋を洗い、食器を食洗器に並べていく。私の入院でカミさんは、相当に緊張した毎日を送っていたのだろう。その緊張から逃れるために、ジムへ行ったり、友だちとおしゃべりしていたのだろうが、退院となって疲れが一気に現れたようだ。台所をきれいにして、ヤレヤレとんだ退院日になったものだと思っていると、長女が母親を連れて帰って来た。

 「どうだった?」と聞くと、「インフルエンザだって。いい、パパとママは一緒に居たらダメだから、パパは北の部屋で、ママはこちらの部屋。必ずマスクしていてね。食事も別々の方がいいけど、食べる物はあるの?」と聞くので、「ウン、冷蔵庫を見て、今晩の献立は考えてある」と答える。長女のダンナも来てくれて、北の部屋に布団を敷いてくれた。また、パソコンのインターネットの接続を改善し、iPadの使い方も教えてくれた。

 退院して、ゆっくり湯船に浸かり、今晩からカミさんの隣りで寝られると思ったのに、入院生活よりも過酷な生活を強いられることになってしまった。誰が悪い訳では無く、避けられない運命なんだろう。能登半島の人々も、起きてしまった地震を恨むことはあっても、だからと言って今更どうしようも無い。現実は黙って受け止めるしかない。

 私は年賀状を出すことを止めた時から、「充分に生きて来た。いつ旅立ってもいい」と思って生きて来た。生き返ってしまった今も、いつでも旅立てる気持ちに変わりは無い。まだ、退院祝いのワインを飲んでいないので、早くワインを飲みたいと望んでいるが、血液をサラサラにする薬を飲んでいる間はダメだろう。2月のバレンタイン辺りが解禁日なのだろうか。カミさんはまだ昏々と眠り続けている。自分の意志で眠っているようだから大丈夫だ。


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1 コメント

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Unknown (さだしです。)
2024-01-27 20:57:58
奥様も、先生もお大事に。
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