鵙(もず) 「秋-動物」
牧内登志雄
真言の山渡りゆく鵙の声
【永田満徳評】
「鵙の声」は鵙が木のてっぺんなどで鋭く鳴く声。「真言の山」とは真言宗の高野山金剛峯寺のような山であろう。「鵙の声」が山の中を「真言」の読経のように鳴き渡る宗教の山の雰囲気がよく描かれている。
【季語の説明】
「鵙」は農耕地や林緑、川畔林などに生息。小さな体でありながらも肉食性で、鷹のように鋭い鉤状の嘴を持つ。生け垣などのとがった小枝や、有刺鉄線のトゲなどに、バッタやカエルなどの獲物を串ざしにする変わった習性があり、「鵙の贄」と呼ぶ。江戸時代は凶鳥で、鵙が鳴く夜は死人が出ると信じられていた。
甘藷(さつまいも) 「秋―植物」
外波山チハル
甘諸食ふ口角あげてはひふへほ
【永田満徳評】
「甘諸」は栽培しやすく、高い栄養で健康食材。秋も深まり、寒い季節になると食べたくなるものはふかしたての甘諸である。「はひふへほ」にはいかにも美味しそうに食べている様子がうまく描かれている。
【季語の説明】
「甘藷」は漢名で、薩摩芋のこと。唐芋・琉球薯などとも呼ばれる。17世紀に琉球から薩摩へ伝わり、薩摩地方でよく栽培されて、生産量は鹿児島県が全国1位で特産品である。青木昆陽は栽培を関東に普及させ、大飢饉で多くの人々の命を救った。日本では数十種類が栽培され、新しい品種も次々誕生している。
菊(きく) 「秋―植物」
茂木寿夫
残照や菊置かれある事故現場
【永田満徳評】
「菊」は「霊薬」であるといわれ、延寿の効があると信じられていた。何らかの「事故」で亡くなった「現場」に「菊」が手向けられている情景だろう。秋の「残照」が慰霊するかのように照り渡っている。
【季語の説明】
「菊」はキク科の多年草。日本の秋を代表する菊。皇室の紋にも使用されている。菊には延命長寿の滋液があるとされて、平安時代に宮廷で菊酒を賜る行事が行われた。原産は中国で、不老不死の薬草、縁起の良い植物として扱われている。菊は竹、梅、蘭と並んで、四君子と呼ばれ、美しく尊い花となっている。
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〜 季語で一句 45 〜
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永田満徳:選評・野島正則:季語説明
季語で一句(R5.8月号)
泳ぎ(およぎ) 「夏-生活」
中野千秋
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水を愛で水に親しむ平泳ぎ
【永田満徳評】
「平泳ぎ」の両手はハートを逆さまに描くように水をかき、蹴り出した両足を挟むようにしてキックする。「平泳ぎ」はまさに「水を愛で」の泳ぎ方で、「水に親しむ」という措辞は平泳ぎの特徴を捉えている。
【季語の説明】
「泳ぎ」は代表的な夏の遊びで、海、川、プールなどで泳ぐこと。中世の日本では水の中を泳ぐ技術は武術の1つで、日本泳法と呼ばれる。「水術」「水練」「踏水術」「游泳術」「泅水術」などがある。現代では水泳はレクリエーションやスポーツとして行われている。遠泳、クロール、背泳ぎなども「泳ぎ」と同じ季語である。
団扇(うちわ《うちは》) 「夏-生活」
野島正則
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秩父路の兜太直筆古団扇
【永田満徳評】
兜太直筆の「古団扇」とは兜太の俳句が描かれた「俳句うちわ」。骨太で力強い筆致で描かれている。「兜太直筆古団扇」という措辞に、野生の人で、なまなましく生きた兜太その人をうまく切り取っている。
【季語の説明】
「団扇」は紙を竹の骨に張って、柄を付けたもので、夏に涼を得るためにあおいで風を起こす道具。焚物の火を盛んにしたり、蚊や蝿を追うなど用途はさまざま。古来、「はらう」「かざす」ためのもので、儀式、縁起、軍配、行司、信仰、占いなどに使われた。絵が描かれた絵団扇や柿渋を塗った丈夫な渋団扇がある。
羽抜鳥(はぬけどり) 「夏-動物」
野島正則
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年金の繰り下げ受給羽抜鳥
【永田満徳評】
「羽抜鳥」はみじめで滑稽なさまに例えられる。年金受給が繰り下げは年金を多く支給されることで、それだけ働かなければならない。庶民の老後へ備えに対する選択を「羽抜鳥」に例えているところがいい。
【季語の説明】
「羽抜鳥」は鳥類の羽の抜けかわりのこと。鳥の全身の羽毛が冬羽から夏羽へと抜け替わる。羽のまだ整わない鳥をいう。飛翔能力が低下しない程度に羽が抜け、初列の風切が数枚伸びきったところで、次列の風切が外側から内側へ向かって換羽を始める。羽の抜けた鶏は威厳を失った姿を晒し、みすぼらしい。