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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

オブシディアン

2014-02-10 08:36:11 | こものの部屋

かのじょは、ナオミ・キャンベルという美女が好きでした。
黒い肌が、宝石のように美しい、あのとてもめずらしい個性的な美女が好きでした。

かのじょは、女性でしたが、どちらかといえば男性より女性が好きでした。
もちろん性的興味などありません。
ただ、男性より女性の方が美しく見えたのです。
普通、女性というものは、男性が美しく見えるものでしょう。
そういう点において、かのじょはどうしても、女性ではなく、男でした。

世間に誤解されやすい美女たちのために、働きたいと思っていました。ダイアナの心も、ナオミの心も、それぞれに美しいものを持っているのに、人はそれを決して見ようとしない。

そんな悲しい美女たちに、かのじょは、あなたがたは心の方が美しいと、言いたかったのです。

かのじょは、愛していたんですよ。ダイアナを、ナオミを、そしてそのほかの、心根のかわいい女性たちを。

助けてやりたいと思う心は、女というより、男のものでした。

男性として、かわいい恋人のような女の子たちを助けてあげたいと、思っていたのです。


                        サビク





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窓辺の向日葵・後

2014-02-10 04:40:27 | 月夜の考古学・本館
     *
 だれかが、大声で、ののしっている。
 フミは夢を見ていた。灰色の壁にかこまれた狭い牢獄のような部屋で、ふたりの女が向かい合っている。一人は若く、一人は年をとっているが、なぜかどちらの女にも目鼻がなく、のっぺりした卵のような顔をしていた。
 若い方が、年かさの方を、一方的にののしっている。言葉の意味は一向にわからないが、ののしられている方は、床に座り込んで、ぼんやりとそっぽをむきながら、オウムのように言い訳を繰り返していた。
「遅かったんだよ。気づいた時には、何もかも、遅かったんだよ……」
 目を開けると、辺りは真っ暗だった。
 最初に、ルリのことが頭をよぎって、フミはあわてて立ち上がった。手探りで明かりをつけると、タンスの上で眠っていたルリが、驚いたように、ギギ、と声をあげた。時計は七時すぎをさしている。
 先にカーテンをしめて、玄関の戸締りをすませると、フミは寝ぼけ顔のルリを両手で抱え、そっと鳥籠の中に入れてやった。ルリはしばらく止まり木の上を右往左往したが、やがて巣箱の中にそそくさと入っていった。
 フミは、冷蔵庫の中にあるもので簡単に食事をすませると、風呂の準備をした。どれだけ眠っていたのかわからないが、体も頭も、もう九分どおりいつもの自分に戻っているようだ。
「もう、遅いか……」
 ぬるい風呂につかりながら、夢の中に聞いた言葉を、言ってみる。
「三十年もたつんだもの。しかたないさ。あたしはあたしで、これでいいんだ。あたしが選んだ道なんだからね」
 鼻歌を歌いながら、風呂を出て、冷蔵庫の中から出したビールを飲んだ。酒の味を覚えたのも、仕事が暇になって、ここ数年のことだ。家には、ビデオデッキも、ゲームもあるし、暇つぶしの材料には困らない。土地も少しあるし、貯金だってまだある。生活は、まあなんとかなるだろう。やろうと思えば、世の中には楽しいことがいっぱいある。カラオケもいいかもしれない。一人暮らしでも、ルリがいれば、さみしくはない。さっきは、体の調子がおかしくなって、少し弱気になったのだ。だから、つい、妙なことを口走ってしまった。
 フミはルリを相手に話をしようとしたが、さすがに眠っている相手を起こすのは、気がひけた。しばらくはぶちぶちと口の中で言葉にもならぬものを転がしていたが、ふと向日葵のことを思い出して、奥の部屋に向かった。
 明かりをつけ、ガラス戸ごしに、向日葵と話をした。夜中に、ビール片手に、花に話しかけてるなんて、人が見たらどう思うだろうなどと、頭の隅で考えながら。だが向日葵は、文句も言わず、フミの愚痴に耐えてくれた。
「マゴの顔ぐらい、見せに来てもいいんじゃないかね。何もとって食う訳じゃないんだから。そりゃ、あたしはいい母親じゃなかったけど……」
 フミは、暗いガラス窓に、娘の顔を思い描いた。娘は、顔も、性格も、父親似だった。不器用で、掃除や料理はあまり上手じゃなかったけれど、絵を描くのはうまかった。小学生の頃は、いろんなコンクールに何度も入選していた。
 けれどフミは、そんな娘の絵を、一度もほめたことがなかった。フミには絵の良さなんて何もわからなかったし、娘が若く、自分にはできないことをしようとしているのが、少し妬ましかった。だから、こねられる理屈をすべてこねて、娘の描いた絵を、徹底的にののしりぬいた。いわく、デッサンが変だ、色がおかしい、人物の目が気持ち悪い、これはおまえの悪い心が、絵にあらわれているんだよ……。
 高校の頃の娘が、私立の美大にいきたいと言いだした時は、そんな金はないと言ってつきはなした。絵なんか勉強して何になる。ちょっとくらい描けるからと言って、才能があるなんてうぬぼれるんじゃないよ。そんな暇があったら、もっとましな料理を作りなさい……。
 今、思い返すと、なぜあそこまで言う必要があったのかと思う。娘は、次第に自信を失い、絵を描かなくなった。娘の才能は縮こまり、いびつなオタク趣味に変わっていった。
 フミは空になったビールの缶を窓辺におき、ほろ酔い加減で言った。
「もう遅いんだよ。今さら何がわかったって。あんただってそうだろ。ほかのところに移れやしないもんね。花は、種が落ちた所に咲くしかないんだよ。あの娘も、あたしのとこになんか、生まれてこなきゃよかったのに」
 ビールをまたもう一本開け、フミは愚にもつかぬことを繰り返す。
「……そりゃあ、つらかったろうさ。さみしかったろう。あたしは自分のことばっかりだった。仕事ばっかりやって、娘のことなんか見向きもしなかった。なあんにも、してやらなかった。出て行って当然さ。あたしが娘だってそうしたくなるよ……三十年……」
 突然、空から幕が降りてくるように、向日葵の花の上に、自分の顔が映りこんだ。フミは、その顔に向かって、吐きつけるように言った。
「三十年、働き続けて……一体何があった? 何のために、働いた。あたしはこの三十年、何をしてきた?」
 腹の奥が熱くなりはじめて、からになったアルミ缶を、フミはばりばりと手でつぶした。娘が、結婚をするため、自分の元から去っていった時、フミに言い捨てていった言葉を、思い出した。娘は言った。もうこれ以上、お母さんの人生を背負うつもりはない。自分は自分の人生を、生きていく……。
「ああ、わかったよ! 働いて、働いて、食わせてやったのに! 乳をやっておむつも替えて、世話をしたのはだれなんだい。自分一人で大きくなったような顔をしやがって。何かい? もう親は用なしかい? 親は子を養ってりゃそれでいいってのかい? それだけのもんかい! ちくしょおお!!」
 フミは缶を壁に投げ付けると、窓につっぷして泣き崩れた。
「……さみしいよ。さみしいよぉ……。どうすりゃ、いいんだよぉ……」
 言葉が、胸の奥から膿のように染み出した。フミはじくじくと痛む胸をかきむしりながら、どうにもならない現実の中であがき溺れている自分を、いっそうなぶるかのように、声をあげて泣き続けた。
 時間が、過ぎた。いくぶん心がしずまり、フミがふと目をあげると、うつむいた花が、何かを言いたげに、じっとフミを見つめている。
 フミは息を吐くと、すっと背筋を伸ばした。
「ばかだね。何を言ってるんだろ。ごめんよ、向日葵ちゃん」
 涙をふきながら、フミは向日葵に笑いかけた。
「わかってるはずさ。みんな、自分が選んだ結果だとはね」
 ため息をひとつつくと、急に、独り言に醒めてしまった。フミは向日葵にちらりと笑いかけると、畳に転がった缶を拾い、窓のカーテンを閉めた。
 だが、まだ眠れそうもない。居間に戻ると、ふと、フミの心を、夫のことがよぎった。あの男にとって、この三十年は、どんな年月だったのだろうか? フミは台所にいった。
 テーブルの下の封筒を拾い、中を見てみると、チラシがもう一枚と、同じ絵を印刷したチケットが二枚入っていた。それだけで、手紙のようなものは、何も入っていなかった。チラシを広げてみると、裏に、小杉ユリオのプロフィールが書いてあり、フミはそれを読んだ。
 こすぎ・ゆりお。本名松岡久治。一九××年生まれ。……△△年より全国を放浪し絵画修業を続け、×○年北海道に定住。流氷を題材にした作品を数々発表し、注目を浴びる……。
 数えて確かめてみると、△△年は、フミが夫と離婚した年の、翌年だ。それに夫は、生まれも育ちも西の方で、フミの知る限り、流氷とは無縁の人生を送っていたはずだ。それが、何にひかれて、そんな流氷の絵などを描きはじめたのか。
 表の絵を、もう一度返して見てみると、それは暗い、荒涼とした風景だった。空と、氷の、渺々とした、絶望と孤独の荒野。そしてピアノ線のように緊張した描線が、ただ一つ生命らしい息吹をひめた一輪の花を、ぎりぎりとしめあげている。フミは目をそらしたくなった。なんでまた、この人は、こんなつらい絵を描くのだろう? 花は、向日葵に似ているが、菊のようでも、何かほかの花のようでもある。透明な花弁に囲まれた小さな花芯だけが、燃え上がるように朱色に光り、見つめていると、それはまるで氷原に降りてきた太陽のかけらのように、生き生きと広がってくるようにさえ見えた。
 フミはチラシの隅に書いてある、画題を読んだ。そこには小さな活字で、『あこがれ』とあった。
 不意に、全身をなでるような寒気が、フミをおそった。何かが、絵の中から、かすかな香りの気配をともなって、自分の中に飛びこんできた気がした。でも、それは何? はっきりとわからない。フミは目を細め、もう一度絵を見つめた。次第に、手がふるえはじめた。広がってくる。何かが広がってくる。絵をおおっている、透明な幕がはがれて、予感にも似た暖かな気配が、その向こうから匂いたってくるような気がする。わからない。まだわからない。でも、何で、涙が出るんだろう。何で、こんなに胸がどきどきするんだろう。絵を見るだけで、たった一枚の、絵を見ているだけで……。
 フミは、チラシを胸に抱いた。もしかしたら、まったく遅いというわけでも、ないのかもしれない。フミはふるえる体を落ち着かせ、ゆっくりと椅子に座った。そして、たっぷりとあるこの自由な時間を、何のために使えばいいか、フミは今はじめて、真剣に考え始めた。
     *
 冬も近い晩秋のある休日、その電話はあった。
「はい、小杉ですが」
 電話に出ると、聞き覚えのある声が、フミの耳をふれた。
「……もしもし、ひさしぶり……」
「あ、ああ、ユリかい?」
 フミは思わず、電話をかかえこんだ。
「どうしたんだい、めずらしいねえ」
 口ではそう言ったが、涙ははやばやと顔を出した。娘は、自分を落ち着かせようと、電話の向こうで何度も息をととのえている。十年ぶりの電話だ。無理もない。
「……チケット、ありがとう。送ってくれて」
「いいや。友だちにもらったんだけど、あたしは見てもわからないしね。あんたなら、おもしろいかと思って送ったんだよ。どう、おもしろかったかい?」
「ええ、おもしろかったわ。前から、小杉ユリオは知ってたの。専門誌で何度か紹介されてたから……。なんとなく、わたしの好みにもあうし」
 そりゃそうだよ、親子なんだから、と言おうとして、フミは言葉を飲み込んだ。この子は、そのことに、気づいているだろうか? それとも、まだ知らないのだろうか?
「ゆ、ユキちゃんは、元気かい?」
 フミはきいた。ユリは、フミが孫の名前を知っていることに少し驚いたのか、しばし電話の向こうで口をつぐんだ。
「……元気よ。今は、遊びにいってるけど……」
「そうかい、い、いくつくらいになるの?」
「一年生よ」
「一年生! もうそんなに……」
「ええ。生意気ばかり言って、こまってるわ」
「そうかい、そうかい……」
 おきまりの挨拶をかわして、電話をおくと、フミは深々と息をした。タンスの上から見ているルリの視線に気がつくと、フミは思わず笑いかけ、言った。
「ルリ、ルリ、娘から、電話があったんだよ。娘から……」
 涙がぽろぽろと流れだし、フミはじっとしていられなくなった。他の誰かにもそのことを知らせたいと思った時、フミが真っ先に思い出したのは向日葵だった。フミは奥の部屋に入り、窓を開けた。もちろん向日葵はとっくに枯れていた。だけど……
「おや、まぁ!!」
 フミは思わず、声をあげた。灰色に枯れ果てた、向日葵の、その小さな花の跡には、なんと、ほんの五~六個の、小さな種が、それでもふくふくとふくらんで、まるでかわいらしい赤ん坊のように、大事に大事に、抱かれていたのだ。
「おまえ、おまえ、がんばったんだねえ……。よくもまあ、こんなとこで……」
 フミは、手をのばして、そっとその種を取った。そして顔を近づけると、ささやくように言った。
「安心おし。こんどは、もっとちゃんとしたところに、植えてやるからね。水も、光も、たっぷりと……」
 背後で、ルリが、ギッ、と一声鳴いた。フミはルリに食べられないように、種をそっとポケットの中にしまった。そして涙をふくと、立ち上がった。今日は、家中を、掃除しよう。今日はできるような気がする。いや、何でも、できるような気がする。
 フミは居間のカーテンを開けた。すると、背後の壁に飾った小さな絵の額に、さっと、日の光が、注いだ。

   (おわり)



(1998年、ちこり14号所収。)






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