◇「スガモプリズン」を描く歴史小説
吉村昭は代表的な歴史小説家である。2006.7.31に69歳で亡くなるまで、数多の著作をも
のしているが、そして妻・津村節子が結婚後13年にして「玩具」で第52回芥川賞を受賞したが、
吉村自身は1956年作品の「鉄橋」が第40回芥川賞候補作に上がって以来都合4回も著作が
候補作品となったものの、ついに受賞することはなかった。
むしろ1966年発表された「戦艦武蔵」が新潮社から出版され一躍ベストセラーになり、その後
一連のドキュメンタリー作品等で菊池寛賞・太宰治賞・大仏次郎賞・吉川英治文学賞、毎日芸術
賞・讀賣文学賞・芸術選奨・日本芸術院賞など多くの賞を受賞している。自分のために書いた作
品(芥川賞)ではなく読者のために書いた作品、高いインターテイメント性で広くその才能を認め
られた稀有な作家かもしれない。
以前「大黒屋光太夫」(2003.2毎日新聞社)を読んで特に感じたことは、主観的な感情表現を
極力抑え、事実に即した記述が多いため、文学的表現が乏しく、飽き足らない向きもあるかもし
れない。しかし小生などはすっきりとしていてむしろ迫真性を高める作風で好きである。それも徹
底して資料整理、現地調査、関係者インタビューなどを行う、史実調査に掛ける真摯な態度がな
さしめる結果であろう。
本書の主人公は鶴岡というひとりの刑務官。終戦後、熊本の刑務所から米軍に接収され「スガ
モプリズン」と名称が変わった東京拘置所に転勤となり単身赴任する。
東京裁判(正式には極東軍事裁判所)に起訴されたA級戦犯を収容・処刑した拘置所である。
本書ではここで絞首刑になった7名の戦犯の話は詳らかには語られない。 あくまでもひとりの
刑務官の目と生活を通して、東京裁判のために収容された多くの戦犯の収容所内での生活と
生き様を綴る。
およそ我々一般人にはまったく窺いしれない拘置所(収容所)の日常。しかも戦犯容疑者の、
一般受刑者とは異なる扱いは「これがほんとに収容所と言えるのか、所長の一存でここまで出来
たのか」と、正直言って驚く。
東京裁判は一定の評価を下す人と、戦勝国が「裁判」に名を藉りて敗戦国の指導者たちを裁く、
しかも国際法のルールを大きく逸脱した壮大なこらしめ劇と否定する人がいる。しかしこれに対し
作者は特別の感懐は述べない。鶴岡という刑務官をして戦争というもの、人間というもの、世の
不条理というものを淡々と語らしめる。絞首台が足りなくなり刑務官が増設に駆り出される。のち
に職務とはいえこの作業に携わった刑務官らは、何の罪かも定かでないA級戦犯処刑者の死に
かかわったことに長年心を悩まされることになる。精神に異常を来たした者もでる。
鶴岡は40年に及ぶ刑務所勤めを終えて、何の因縁か先輩の勧めで、「スガモプリズン」の跡地
に建設中の高層ビル警備会社に勤めることになる。
彼は誘われても拘置所OB会には出る気持ちになれない。
接収していた米軍から移管され再び「東京拘置所」となった地の一隅にある、絞首台があった地
に建つ碑の前に立ち深い感懐に浸る。
『プリズンの満月』1995.6新潮社刊
(以上この項終わり)