◇『地層捜査』 著者: 佐々木譲 2012.2 文芸春秋社 刊
(初出:オール読物 2010.10~2011.4連載)
警視庁刑事部捜査第一課「特命捜査対策室」警部補水戸部裕。上司にたて付いた廉で
所属長注意という処分を受け只今謹慎中であったが、このほど「特命捜査対策室」勤務を
命じられた。
とは言っても部下は加納という定年退職した元警部補の相談員一人。
四谷署管内の有力者から強い要望で15年前の某事件を再捜査することになった。
2010年4月、刑事訴訟法が改正され、殺人事件は公訴時効がなくなった。この時点で
時効成立していない事件は何年経とうが再捜査で真犯人を挙げることが出来る。
某事件とは「四谷荒木町老女殺人事件」。事件があった荒木町は警視庁第四方面本部
に近い靖国通りと新宿通りに挟まれた比較的狭い窪地である。作者はこの地形を入念に
説明する。
水戸部は事件の真相に迫るべく、この窪地に何度も足を運ぶ。よく現場百遍とかいって、
捜査に行き詰まったら改めて現場に足を運べといわれる。水戸部もこの地形を何度も振り
返って見ることで大きなヒントを得た。
水戸部が事件関係者や町内の現場周辺の住民に聞き取りを再開すると、捜査記録にな
かった話がでてきたり、別の事件まで浮かび上がって来た。
新宿荒木町は昔は花街であった。事件被害者の杉原光子はかつては芸妓置屋の女将
で、その昔芸妓でもあった。 旧い三業地をめぐる人物模様が改めて意味を持ち始めた。
本書の題名『地層捜査』の地層の由来は、階段を持つ窪地の荒木町の地形的特徴を表
すとともに、3~40年前からこの地域の住民が過ごしてきた時代の、そして個人的事情が
それこそ層をなして絡まり合い、いくつかの事件をひきおこしたことの象徴ではないだろうか。
犯人は分かった。上にあげて犯人を逮捕するかどうか。公訴時効がなくなったとはいえ15
年以上前の事件を掘り返し、正義の追及の名の下に改めて罪を問うことが果たして妥当か
どうか。水戸部は疑念を持ち始める。
(以上この項終わり)
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