こんにちは「中川ひろじ」です。

みんなのお困りごとが私のしごと

11月3日文化の日

2013-11-03 19:21:27 | 活動日誌

岡田地区の各公民館文化祭。7分館ありますが4つは先週開催され、神沢・東区・山浦が今日行われました。神沢公民館ではリンゴのコンテストのほかアトラクションで輪投げが行われ特賞はなんと松茸。私は三等で七味をいただきました。続いて東区公民館、子どもたちの絵画をはじめ本当に沢山の作品が展示されていました。神沢と東区ではおでんが振る舞われ美味しくいただきました。続いて山浦公民館。今80になろうとしている皆さんの青年団当時の写真等かなり古い写真も展示されていて、これは誰、あれは誰と説明を聞きました。山浦公民館ではおいしいコーヒーをいただきました。

 
松本市内では第57回松本お城まつりが開催中で、国宝松本城の守護神二十六夜神祭に出席しました。

第57回国宝松本城お城まつりの一環として開催します。松本城の守護神である二十六夜神の例大祭が、松本古城会の主催で執り行われます。
 国宝松本城の守護神二十六夜神の由来は、天守六階(最上階梁上)に二十六夜神をお祀りしたのは、元和四年(1618)のことです。
 その年の正月、月齢二十六夜の月夜に、天守番の藩士川井八郎三郎の前に美しいお姫様が現れ、「天守の梁にわれを祀り、毎月二十六日の夜に、三石三斗三升三合(約七俵分)の餅をついてお供えし、それを藩士に分かち与えよ。そうすれば御城は安泰、御勝手向きは豊かになるであろう」と告げました。
 翌朝、川井八郎三郎は、藩主戸田康長に伝えると、康長は、「それは誠に神のお告げであろう」と喜び、翌二月二十六日に、二十六夜神を天守六階の梁に祀りました。
 それ以来戸田家では、毎月二十六夜には、明治維新を迎えるまでお告げを守り、お祭りをしたと伝えられています。そのお蔭で、松本城天守は幾多の危機をのり越えて、今日に至っているのです。(松本市HPより)

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