A7 恣意的な数字操作による試算といわざるをえません。
日本政府が2015年12月に出した影響試算によると、TPPの発効後10~20年でGDPは2.59%(13.6兆円)上昇、雇用は79.5万人も増えるとしています。2013年の試算に比べると4倍以上もプラスの効果が増えました。
この試算の前提は、❶輸出入の拡大によって貿易開放度が上昇する、❷生産性の上昇によって賃金・労働供給が増える、❸所得の向上によって貯蓄・投資が増えて生産力が拡大する、というものです。しかし日本経済は、労働コストを下げることで生産性を上げてきました。自由貿易がさらに進めば、労働コストをさらに下げるしかなく、無理のある前提です。
米タフツ大学が2016年1月に発表した、より現実的な試算では、日本はTPPの発効後10年でGDPが0.12%減少、雇用は7.4万人失われると分析。日本政府とは真逆の結果となりました。この分析に携わった経済学者のジョモ・K・スンダラム氏は、2016年5月の来日時に「日本政府の試算は驚くほど楽観的」と指摘します。「どの分野で雇用が80万人も増えるのか?」と質問すると、政府の担当者は「どの分野で雇用が増えるかという詳しい試算はない」と答えました。
また、政府の試算は、農業への影響を過小評価しています。2013年の試算では4兆円の減少だったのが、2015年には1,500億円の減少と、20分の1以下に縮小。「対策をするから影響はない」というのが政府の主張ですが、影響額を出す前に対策費を入れ込むとは本末転倒です。東京大学の鈴木宣弘教授の試算では、農林水産業の減少額は1.6兆円にも上ります。
このように、モデルや前提が変われば、試算の結果はいかようにも変わります。貿易を推進する立場にある米国政府の国際貿易委員会(ITC)の報告でも、「TPPによる経済効果はほとんどない」という結果が明らかになっています。日本政府の試算を鵜呑みにするのではなく、第三者機関や研究者による冷静な分析も踏まえた議論が必要です。(内田聖子)