院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

ロシア許すまじ

2006-09-03 15:29:21 | Weblog
 終戦後、ソ連は日ソ不可侵条約を破って、旧満州と北方領土に侵攻した。

 それが中国残留孤児の始まりである。

 旧満州では、6万人の兵が捕らえられ、シベリア送りとなった。そのうちの一人が私の亡父である。

 父はモンゴルに連行された。収容所の待遇はひどく、食糧もろくろく与えられなかった。父は自分の金歯を抜いて、モンゴル人にパンに代えてもらった。

 ほとんど理由にもならないことで、抑留者は処刑された。父は、ソ連の見張り兵の足音を聞くと、次は自分が処刑されるのではないかと身の毛がよだったと言う。

 6万人抑留されて、帰ってきたのは2万人。あとは餓死か処刑である。ソ連もひどいことをしたものである。父は昭和22年に、なんとか帰国でき、結婚してその後私が生まれた。

 旧満州にソ連が侵攻したころ、ソ連は北方領土にも侵攻した。そして、いまだに不法占拠を行っている。

 父親からリアルに当時のソ連の横暴を聞いている私たちは、ソ連(現ロシア)を許せない。孫末代まで語り継ぐ予定である。

 先日、蟹漁の漁船がロシア船に発砲されて、死者がでた。とんでもない話である。丸腰の漁船に機関銃を撃つとは、ほとんど宣戦布告である。

 北方領土はソ連が不法に占拠した地域である。そこで密漁もへったくれもない。海上保安庁ないし海上自衛隊は、北方の漁船を守る必要がある。撃ったら撃ち帰すべきである。今回の漁船員の死でもって、日本はロシアと戦争状態に入ったと言ったら言い過ぎだろうか。

 父が死の床で、うわごとで言っていたのは、シベリア抑留の悪夢ばかりであった。