いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

自己名誉の中傷合戦。 battle of slander for self honor

2013-07-18 19:49:51 | 日記
 (1)盛り上がらない争点の参院選が進行中に、原発再稼働に向けて申請のあった6原発12基について原規委で新規制基準にもとづく安全審査が始まった。東電も申請に向けてあの手この手と準備、対策をほどこしており、国民の過半数が原発再稼働に反対(世論調査)する中で参院選の争点ともならずに原発再稼働に向けて大きくカジが切られた。

 地元自治体、住民の同意などクリアーすべき課題はあるが、原規委の安全審査の「お墨付き」を背景に着々と手続きに従って原発再稼働に向けて政府一体となって突き進むことは間違いない。
 原規委の新規制基準にもとづく安全審査という原発安全法基準体制ができあがった時点で、大した議論も分析も検証(福島第一原発事故の原因追究もいまだ不透明)もないままに、政府の実質原発再稼働方針は既定事実化(established fact)していた何とも無責任でいいかげんな原発政策の結末だった。

 (2)その福島第一原発事故を巡って安倍首相が11年5月に自身のメルマガに「やっと始った海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だった」と記載し続けていることに対して、批判された菅元首相が「海水注入が中断された事実そのものが存在せず、中断を指示したという事実も存在しない」(報道趣旨)と名誉棄損で地裁に訴訟を起こした。

 当時の東電福島第一原発の吉田所長(先日病死)が事故後の回顧記録で、東電本店からの海水中止指令(海水注入により原子炉容器は使用不可)に対して現場指揮でこれを表向き従ったようにカムフラージュ(camouflage)して実際は安全のために海水を注入し続けたことを証言していた。

 (3)東電本店からの海水注入指令に当時の菅首相の意向がどれ程かかわっていたのかは不明で、この事実関係からは「中止指令はあった」が「実際現場では所長独自の判断で注入し続けられた」という安倍首相、菅元首相のどちらもどちらの都合のいい受け取り方の問題であった。

 政治的かけ引きの中傷合戦(battle of slander)がいきなり司法の場に持ち込まれるという異常な事態となったが、本人の言う「ネット選挙が始まった中で誤った情報を流し続けることが悪影響」(報道趣旨)という以上に、菅元首相の性格、経歴(市民運動)からくるところが大きいのではないのか。

 (4)安倍首相からすれば事実関係の掌握が十分ではなく、菅元首相から見れば事実関係の立証、説明を十分に果たすことで責任対応できることで、そうしたらいいのだ。
 はっきりしていることは、東電本店は原子炉容器冷却のための海水注入を中止して、安全よりは原発機能維持を優先しようとした企業倫理観だ。

 安倍首相も菅元首相もどちらもどちらの受け取り方の原発事故問題で、自己名誉を争う(battle of slander for self honor)というよりは、原発事業者東電の「安全」よりは「企業益」優先の体質に対してそれを見過ごして助長してきたことにこそ、連帯で政治責任を負う国民に対するお詫びが必要なのだ。

 (5)現首相と元首相が本質を見過ごして自己名誉にこだわったネット中傷合戦のあげくに司法に結論を持ち込むなど政治力の劣化にあきれるばかりで、参院選の最中に日本政治の程度が知れて残念なことだ。

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