いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
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小泉流脱原発論。 anti-atomic generation theory of koizumi style

2018-07-18 20:12:30 | 日記
 (1)小泉元首相のヨーロッパ原発視察を受けての日本の進むべき脱原発の必要性の主張は、それなりの理解を持って受け止められる。願わくばともう遅きに失したが、国民的人気の高かった現職首相時代にそう判断してくれるべきだった。

 ここにきて小泉元首相は安倍首相が進める将来のベースロード電源への原発依存に反対を唱えて、脱原発は首相が決断すればすぐにでもできると積極的な発言が続く。

 (2)政府は一応原発依存を22%程度にして順次その依存度を減らしていくとしているが、福島第一原発の廃炉に今後40年程度はかかるといわれる難事業で狭い日本にぐるりと原発を54基も設置して、原規委による安全新基準による原発再稼働の審査合格を進めている。

 経済効果だけをみれば廃炉年数にその費用を考えれば原発稼働のほうが経済的、合理的という論理だけでは、福島第一原発事故の原因があきらかにならないまま現在も同事故避難者が数万人いる中で原発依存政策は経済効果との引き換えの説得力が乏しい。

 (3)今後30年の間に80%の確率で起きると予想される南海トラフ連動巨大地震を考えると、自然災害国日本の原発依存政策というのは効果、合理性があるのか疑問、問題があり、小泉元首相の脱原発主張は現実味がある。

 小泉元首相は16年の東京都知事選で細川元首相候補を脱原発議論で支援したが、敗北した。

 (4)小泉元首相が現職時代は原発はカネがかからずに安全だと聞かされてきたが、今は原発はリスク改善維持にカネがかかって安全でないことがわかったとして脱原発に転換したとしている。

 小泉元首相の主張が広く国民的支持につながらない、広がらないのは、首相の肩書がとれて同じく変わらない短絡的な論理展開の軽さだ。首相時代と違って結論を導き出して主張してあとは担当者にまかせるではなく、起承転結筋の通った現実的な脱原発論が求められて、そこに行き着けない小泉元首相の今は国民に広く理解されない軽さだ。

 (5)小泉元首相は、かっては所属する自民党をぶっ壊すとして広い国民的人気を背景にして古い自民党層に代わって首相に就き、長期政権を築いた。15日にその古い自民党の権力者でその後民主党代表になった小沢一郎議員の開いた政治塾で講演して、脱原発論を展開して意気投合した(報道)といわれる。

 小泉元首相の民間人としてのフリーダムな立場、姿勢は伝わるが、それだけでは脱原発論(anti-atomic generation theory)は国民の支持、理解を集めない。
 小泉元首相は野党は国政選挙で脱原発を争点にすべきだと主張しているが、それを国民的運動に発展させる影響力が求められている。

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