(1)東電福島第一原発事故の国の責任について、最高裁は「防潮堤を設置しても同様の事故が発生していた可能性が相当ある」(報道)として、避難した福島県民らが求めた訴訟で国の原発賠償責任を認めない判断、判決を下した。これで原発事業者東電の全面的な賠償責任問題となる。
(2)近年の裁判は沖縄米軍基地問題での国寄りの判決が目につき、裁判まで保守的姿勢が顕著だ。今回の国に原発損害賠償を求めた上告審では、「予見可能性」(専門家の専門家会議での過去歴史からの大津波、地震想定の提言)と「結果回避可能性」(政府は専門家提言を無視して適切な対策を怠るーともに本ブログ注)が争点(報道)だったが、最高裁は国側に不利な津波の予見可能性は検討せずに結果回避可能性、国が東電に想定津波に基づく防潮堤を建設させた場合に事故が回避できたかのみを検討した。
(3)国側がかねてから専門家が専門家会議で大津波、地震の発生を勧告、提言していたものを取り上げずに結果として千年に一度といわれるM.9以上の東日本大震災発生で東電福島第一原発事故を起こした問題は、同原発事故発生の根幹部分となるものだけにこれに言及せずに原発事業者東電の全面的な事故責任の重さを認めて検討を回避したのは国の原発賠償責任を認めない司法シナリオ(scenario of justice)によるものだ。
(4)東電の原発事故賠償問題は当時から手続きが煩雑でややこしいとか被害住民間で格差、不平等があるとか誠意がみられない批判もあり、国が賠償責任を負うということになれば国民の目もあり賠償問題がズムーズに進むということも考えられた。
国の原発安全神話にもとづく原発政策推進の誤りを認めて、今後の原発稼働に頼る国のエネルギー基本計画の見直しを迫る契機でもあった。
(5)最高裁は国側に配慮した司法シナリオで国の原発賠償責任を認めない判断、判決を示して判例を決めた。本来は三権分立で行政、司法、立法は相互に独立してチェック機能を果すべく公平、公正な役割を持つものだが、司法は高度な行政、国の政治判断には介入しない姿勢を示して、沖縄米軍基地問題同様に国の原発政策にも関与しない姿勢を示した。