今日は 「母の日」 、これはいつ頃から日本で始まったのだろうかとネット検索してみると、1913年 (大正2年) に青山学院で 「母の日礼拝」 が行われたのが最初らしいが、当時青山学院にいた女性宣教師たちの熱心な働きかけで、日本で 「母の日」 が定着していくきっかけとなったとされている
その後、1949年 (昭和24年) ごろからアメリカに倣って5月の第2日曜日に行われるようになったとのことだった
しかし戦後の時期、私にはそんな日があるとは全く知らなかったが、昔のお母さんはただただ働くことばかりだったが、あの戦後の混乱期でも力強く頑張った日本の 「お母さんたち」 だった
だが 「母の日」 には何かを母に贈るのが目的のように勘違いしている人もいるようだが、本来の 「日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日」 との意味を再度確認したいものである
私の家庭を振り返っても想い出されるのは亡き母のこと。戦中、若くして父に先立たれ、幼い子供三人を育てた母の労苦は並大抵のことではなかったはずだ。生活が貧しかったが母の愚痴を聞いたことがなかった
日本の女性をよく 「撫子」 に例えるが、正に我が母は 「撫子」 の名に相応しい女性だった。その母が逝ってからもう10年が過ぎた
今日午後、我が家でも長男夫婦、娘夫婦がお祝いを持ってやって来た。病を得てからいささか母の機能を忘れてしまったMだが、やはり皆が来ると嬉しそうだった
私も嫁さんと娘が作った料理でお酒を飲んだ。 「母の日」 に便乗して美酒に酔って少し寛いだ午後のひと時だった
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