諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

いわき市・車中泊の旅。【鹿狼山神社編】その6

2019年01月29日 08時59分49秒 | 旅行
これで終わるつもりです。続きです。

鹿狼山の頂上に足尾神社が鎮座していたのは全然知りませんでしたが、太白山の手長伝説も解明出来る部分はあったと思います。

でも問題は会津磐梯山の手長足長伝説。まるでヨーロッパの童話の「長靴をはいた猫」のストーリーそっくりなのは何故ざんしょ。しかも付近には「猫魔」と言う地名もあるし。その猫を演じるのは空海なんですけど・・・・・。

うーん、これはまたの機会に語りたいと思います。

さて、辺りを再度360度見渡し、神社に挨拶、鳥居を出て鳥居に挨拶、階段を下ります。

休憩小屋に置いた自転車のチューブで出来たメッセンジャパックへと向かう。

珍しく無断言しますが、山を登る人は浄化されている。だから心が穏やか。私のバッグを持ち逃げする人はいない。もっとも浄化され過ぎると命を落とす。人間は清濁を併せ持って生きている動物だから。

山小屋に戻ると60代の男性が一人になっていた。もう一人は下山したみたい。そして彼は私に「いい写真が撮れましたか」と声をかけて来た。

私は「ええ、まぁー」と軽く会釈。

60代の彼は私に「やっぱり」山が好きなのですか」と質問。

私は「この身体を見て山が好きだと思いますか」と疑問に思いながらも、考えてみれば20代からアウトドアファッションオンリーで生きてきた私。カッコだけは山男に見えるのかも。

そして「山が好きと言うより、ここの神社に参拝したくて登って参りました」と。

彼は「えっ」と絶句して「今までこの山には何度も登っているけど、神社の参拝の為に登って来たという人は始めて見た」と。

うーん、そんなもんなのかな。私は山といえば神社なのだが。

彼の話では鹿狼山は日本で一番早く山開きされるそうです。1月1日が山開き。本日は5日。

確かにここから御来光を見るのは清々しいだろうな。正月元旦の午前1時前に何時も友人が宮司をしている桜岡大神宮に参拝。それから方々へと車中泊の旅に出ていたが、次回は参拝してから直ぐに鹿狼山に登ろうか。それも良いな。

さて、4時10分過ぎ。そろそろ下山しなくては。私は60代の彼にそれではと会釈。

彼は名残惜しそうに「いいお湯ですから、是非、鹿狼の湯に浸かって帰ってください」と。

うーん、時間があれば是非にも入りたいが麓までは40分はかかる。そうなると到着は5時。それから風呂に入ると6時を過ぎる。「難しいかも」と思いながら下山した。

彼は山のガイドのようで山小屋にはお茶を振舞いながら5時まで居るみたい。こんな小さな初歩的な山でも遭難するヤツは居る筈。それを助ける。ボランティアでしょうけど徳のある仕事だと思いますね。

帰りは当たり前だけどオール下り坂。

私は20代の頃からスニーカーはSAUCONYと決めている。履いて来ているヤツはトレールランニングなのだが、若干サイズが大き過ぎる。

私のジャストサイズは25.5~26.0なのだが、直ぐに履けるように26.5を履いているのだ。だからスニーカーの中で足が動き疲れる。下り坂だからつま先に圧が加わる。下りでも結構疲れる。

行きは1時間40分近くかかったが、帰りは約40分で下山。頂上への所要時間40分と言うのは、黙々と歩き続けた時間なのだな。いくら何でも登り坂は40分では私には無理だよ。はぁー疲れた。

麓の鳥居に到着。礼をする。私の鹿狼山登山の相棒を務めてくれた竹杖を感謝を込めて撫でる。愛おしい。もって帰っちゃおうか。

否、この竹杖は霊場も物。登山者を手助けして頂上へと導く杖神。持って帰るのはまかり成らん。惜しい気持ちで一杯だが当然置いていくことに。未練だけど。

時間は5時。どうしよう。鹿狼の湯に浸かりまどろんで、閉店時間で本を読んで後は車中泊でまた一泊しちゃおうか。

でも、ここの駐車場、一人だと恐ろしいな。しょうがない。帰る事にしよう。未練だが。

そして2時間ほどクルマを飛ばし、途中ドンキで安物のスナック菓子なんぞを買い、食べながら運転して帰りました。4日間宿泊したけどお金はあんまりかからなかった。それでも良い旅だった。

もう親戚には合うつもりは無いから、盆と正月はこれからも車中泊の続け行きたい。柵との縁は切った。

私の忠告を無視つづけ金銭面や人生、そして命を大損した馬鹿とはもう話もしたくない。もう人の負まで背負う事はしない。更なる不幸がやってくるだろうが、私はもう知らん。どうとでも成ればいいさ。それが人殺し、神殺しの一族の定め。避けられないヤツは避けられないのだ。

今回のいわき市の旅を巡ってての感想だが、やっパリ私は鬼渡神との因果を感じる。鹿狼山も和多志神。大山祇神の山だった。

所有していた北好間字下屋敷の土地は閼伽井嶽の参道。途中に大山祇神の石碑が祀られていた。私の家系は天穂日命に続くのであれば、大山祇神を殺した家系なのかも知れん。参拝し続けないと命が続かない気がする。

そう言う事なら、今年の夏は大山祇神社の東北の総本山である西会津の大山祇神社に参ろうではないか。時間をかけて。


それまでには体重も減らさねば。目標は65キロ。そうなったら無呼吸症候群のC-PAPも突っ返せる。糖尿病薬も減るかも知れん。死なない程度に身を剃り落として西会津の山に挑んでやる。

待っていろよ西会津。そして沼沢湖。アタ族の地を見て来てやるぞ。


ではでは。



コメント (2)
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