続きです。
ちょっと忘れてました。北条時政と牧の方との嫡男である北条政範の死についてです。
北条政範は三代目鎌倉殿である源実朝の正室を向かいに京都に向かった。そこで謎の死を遂げています。
私は毒殺だと思っています。当日、同行した鎌倉の御家人も突然死している。北条政範は16歳。その若さで急に死ぬなんて考えづらい。二人も急に亡くなる。こんな偶然は無い。暗殺で間違いないと思います。
犯人は誰なのか。宴会時に平賀朝雅と畠山重忠の嫡男・畠山重保が激しい口論をしていた。その次の日に北条政範が急死した。
平賀朝雅は北条時政・牧の方夫婦の娘婿で武蔵守です。そして畠山重保の父・重忠は武蔵国の有力御家人。実質は武蔵国を支配していた。武蔵守である平賀朝雅は名ばかりの存在。その点が畠山重保との口論の原因だと思われます。
そして平賀朝雅は北条政範の死に畠山重保の関与が窺えると北条時政・牧の方夫婦に匂わせた。元々、武蔵国を手に入れたかった時政はこれを切欠に畠山重忠を討つ事を決意する。
ここで北条政範を殺した疑いのある者は誰なのか考えます。
先ず、北条時政は流石に排除します。欲しかった武蔵国を手に入れる切欠になったとは言え、次の執権と考えていた嫡男の北条政範を殺すとは思えない。そこまで鬼ではないと思います。
北条政範が亡くなれば誰が次の執権になるのか。
候補は二人。牧の方のお気に入りの平賀朝雅と北条義時でしよう。
平賀朝雅の母親は比企尼の三女です。母の家系である比企家を滅ぼした北条家を乗っ取る。執権になるのは念願だったかもしれませんね。
そして後鳥羽上皇との関係も良好。後鳥羽上皇も平賀朝雅の執権を望んでいたと思われる。後鳥羽上皇が平賀朝雅に北条政範暗殺を指示した可能性も考えられます。
でも、どうでしょう。こんな暗殺、バレバレじゃないでしょうか。北条政範は16歳だったのです。どんな人物に成長するのかも分からないし。
畠山重保が平賀朝雅との口論の腹いせに北条政範を殺した可能性はどうか。
それは考えられない。もしそうだとしたら北条氏の動向を注視していた筈。牧の方の乱であんな無防備な対応は採らないだろう。畠山重保説は考えられない。殺すのであれば口論した平賀朝雅だろうし。
北条政範が亡くなって一番得する者は誰か。それは北条義時でしょう。
当時、嫡子は母方の家系がものを言います。そうなると牧の方の子である北条政範が間違いなく時政の次の執権になります。その北条政範が亡くなったら自分に執権の地位が回ってくる可能性が高まります。
続く。