自分で言うのも何だが、私はいわゆる霊感に乏しい。お化けとか幽霊とか、見たことない。少なくとも見たと自覚したことはない。
ただし、お化けやら幽霊やらを信じていない訳ではない。あれは主観的な存在で、あると信じている者には、確実に存在するのであろうと考えている。
大学4年の頃、8人ほどのメンバーで富士山西の毛無山に登り、、避難小屋で一夜を過ごしたことがあります。小ぎれいな山小屋で、快適な一夜を過ごせると安堵した夜のこと。一人の女性メンバーが夜半に怯えだして、騒ぎになりました。
彼女は先月、可愛がってくれた祖父を亡くしていたのですが、彼女が言うには天井の暗がりから祖父が覗いていると。顔面を蒼白にして震えている彼女が嘘をついているはずもなく、ただ私どもにはその暗がりには何も見えない。
普段は素直で快活なお嬢さんであり、虚言癖があるでもなく、情緒的にも安定している人だったので、皆一様に不思議がりましたが、結局朝まで、彼女が不安がらないよう、お喋りをして過ごす羽目になりました。寝不足はさておきも、そんな精神状態での登山は好ましくないと考え、登山は中止したものです。
わたしに全く見えず、感じ取れなかった彼女の祖父の霊(?)ですが、彼女の心のなかでは確実に存在したのだと思います。
そんな私ですが、実は少し怖いと感じるものがある。それは、まったく明かりのないない、奥深い山奥の夜の山林。そこでは普通より闇が深い、深いだけでなく、なにか人間を拒否しているかのような声なき声が心にかすかに感じ取れる。音がするでもなく、匂いがするでもない。ただ、なんとなく足を踏み入れたくない気持ちにさせられる不思議な威嚇。
古来より日本の山には霊所とか、霊山と言われる場所がありましたが、故なきことではありますまい。もっとも霊峰の頂点ともいうべき富士山で、それを感じたことは何故かありません。ただし、富士山周辺の樹海では、それに近いものを感じたことはある気がします。
ところで表題の作品ですが、半村良の代表作の一つです。伝奇ものですが、霊峰や霊所を巧に取り入れたところが、深く印象に残っています。なぜか2006年のライト・ノベルのベストテンに入っていたから不思議。今の若い人にも通じる魅力があったのでしょうか。だとしたら、とても嬉しいですね。