ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

従軍慰安婦問題に思う

2007-04-11 15:52:26 | 社会・政治・一般
時として、事実は残酷であることが少なくない。

かつて貧しい家庭では、生活苦から子供を売りに出すことは珍しくなかった。それを奉公などという言葉で着飾っても、実際は子供という労働力を売りに出した事実に変わりはない。

女の子の場合は、もっと辛い仕事が待っていることもあった。日本だと遊郭に売られていくことは、そう珍しいことではなかった。要は売春宿に売り払われた訳だ。遠く上海やマニラに売られていく娘さんを「唐(カラ)ゆきさん」と称した。半世紀後には、その逆に「ジャパゆきさん」が来るとは、当時誰も思わなかっただろう。

人間が苦しさのあまり、思い出を意図的に、あるいは無意識に変えてしまうのは、そう不思議なことではない。親孝行なんて言葉では、拭いきれぬほど過酷な辛さ。そんな辛さにあってきたのなら、記憶を変えてしまうのは、或る意味当然かもしれない。

自分は親に売られたのではない。無理やりに連れ去られたのだ、と事実を変えて思い込むことは、それほど不自然なことではない。誰が喜んで、親に売られたなどと公言しようか。自分があまりに惨めではないか。

戦後30年以上たってから、突如発生した「従軍慰安婦問題」。ある意味、渡りに船だったろうと思う。自分は親に売られたのではない。日本軍に無理やりにレイプされたのだと思い込むことは、残酷すぎる過去を塗布するのに、実に都合がいいのだろうと思う。

戦場では売春宿が必ずといっていいほど存在する。死の恐浮ヘ、必然的に生存本能を刺激して、性欲を亢進させる。売春業者にとっては、これほど魅力的な市場はない。

また軍にとっても、売春宿の存在はありがたいものであった。軍の駐屯地の周辺では、古来より一般市民が、性欲を昂ぶらせた兵士の性的暴行の被害に遭うことは珍しくなかった。征服地の女を好き勝手することを当然の報酬だと考えた軍人は、古来より普遍的に存在した。

しかし、軍事的支配地を円滑に統治したい軍首脳部にとって、兵士の一般市民への暴行は好ましくはなかった。反軍感情から統治がやりづらくなるからだ。だからこそ、売春宿の存在は好ましいものであった。当然に便宜を図ったこともあるはずだ。

朝鮮戦争の時、ある村では初めは北朝鮮軍の暴行、次は中国軍、あげくに解放者でもあるアメリカ軍兵士の村の女性への暴行事件の多発に頭を痛めた。悩んだ挙句、村長は皆で金を出し合い都会から売春業者と売春婦を連れてきて、村の片隅に売春宿を設けた。これで村の女性への暴行は激減したそうだ。はて?これは従軍慰安婦なのかな。

日本ではGHQの統治が始まったものの、アメリカ軍兵士による日本人女性への性的暴行が横行して、日本政府もGHQも頭を痛めた。そこで政府公認の売春宿(新橋の第一ホテル界隈でした)が作られ、アメリカ軍兵士の慰安所として活用された。ちなみに経営者は日本人。物資不足の当時にあってさえ、そこではアメリカ軍から物資の補給を受けて、豊富な食料品が存在した。ドル紙幣と食糧を求めて、日本人女性が多く従事していたが、これは従軍慰安婦なのだろうか。

事実という奴は、必ずしも優しくなく、嬉しくもなく、知らないほうが幸せであることが珍しくない。事実を全て明らかにして、白日の下に曝すことは、時として残酷ですらあると思う。
コメント (8)
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