ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「官吏は強し、人民は弱し」 星 新一

2007-04-14 13:09:40 | 
ショートショートの神様なんて呼ばれていた。

淡々と、固有名詞を使わず、時に辛らつに、あるいは軽妙に短編を書き連ねた。SF御三家のなかで、最も世間的な認知度が高かったのではないかと思う。エヌ氏やボッコちゃんの不思議な話を、受検勉強の合間に読んで、息抜きにしていたものだ。

随分と短編集を読んだ記憶はあるが、熱狂した覚えはない。なんとなく、人生というか、人間に対して達観したような印象がある。それは若かりし頃の苦労に原因がある気がする。

厚生省の役人の横暴に潰された星製薬の経営に携わった経験が、あの文体に影響しているのではないかと思う。父の会社が、行政に振り回され、追い詰められていく様を書き綴ったのが表題の作品だ。私は短編よりも、この長編のほうが記憶に深く残っている。

私も仕事柄、企業の倒産などに立ち会うことがままある。決して楽しい経験ではない。押し寄せる債権者の血走った目つき。謙虚さが、厚かましさに姿を変え、剥き出しの人間性が激しく沸騰するような光景に目を背けたくなった。

泣く子と地頭には勝てないという。この短い警句にどれほどの諦めと辛らつな想いが込められているか、決して役所の人には分らないと思う。それでも人は、社会の一員として生きていかねばならない。だからこそ、星新一はあのような文体で小説を書いたのだと思う。

かたちだけ真似したものは随分出た。しかし、最後まで残ったのは星新一ただ一人。誰も星新一の覚悟までは真似できなかった。今にして凄いことだと改めて思う次第です。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする