ヌマンタの書斎

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平和事件に思うこと

2007-07-07 15:53:28 | 経済・金融・税制
今日は堅い話になるので、読み飛ばしていただいて結構です。

法治国家である以上、国の行為は法律によって決められる。税金の徴収もまた同じ。法に基づいて税金も徴収される。これを租税法律主義という。

法に基づいてと簡単に書いたが、実際には現実の経済行為が、法律のどこに当てはまるかが難しいものとなる。法は細かいところまでは規定しない。そのため、施行規則や基本通達などの取り扱いが定められている。しかし、これでも情報は不足している。

どう解釈したらよいか迷った時に、大変に重宝しているのが質疑応答集だ。これは納税者の質問に対して、国税局の人間が詳細に返答するかたちをとっている。ちなみに現在は、インターネット上にも掲載されている。新しい改正があった場合など、一度は読んでおかないと実務に支障をきたすので、必ず目を通すようにしている。

ところが、平成16年の最高裁での判決は、この質疑応答集に基づいた申告を否定した。世に言う「平和事件」である。

パチンコメーカーとして有名な会社である平和の株式の売買を巡る資金面での不自然さをついた事件だった。簡単に記すと、株の買取をするための資金が、会社では調達できずに止む無く個人で銀行借入したが、その際の借入金の金利を巡る事件だ。

一般に企業の経営者が、個人の資金をその経営する会社に貸し付け(企業にとっては借入金)た場合、通常生じるはずの金利は支払わなくともよいとされている。支払っても良いが、つまるところ自分の会社から金利を貰うようなことは、通常はあまりしないのが普通だ。件の質疑応答集でも、これを容認している。

実を言うと、この仕組みを利用した節税案が横行していたのも背景にある。平和事件では、その貸付金の金額が巨額(3400億円)過ぎた。ちなみに中島氏(平和の創業一族)個人は、銀行から借入て3000万円余を利息として払っている。しかし、会社は中島氏から借りたお金に利息を払っていない。そこに税務署が目を付けた。

本来なら貰うべき利息を貰っていないのはおかしいとして、中島氏に対して利息の課税を強行した。貰っていない利息を課税された中島氏は、当然に税務署の課税に納得できず、訴訟にまで至った。(細かいところは相当端折っています)

この事件は、当初から我々税理士業界でも大きな話題となった。私自身は、国税庁が監督している質疑応答集において認められていることを、税務署が否定するのは申告納税制度の理念に照らして不相応だと思っていた。

しかし、判決が確定してから3年あまり。落ち着いて冷静に考えてみると、国税局の言い分にも、相応の根拠はあると思い直している。所得税法157条には、不当に所得税を減じるような行為があった場合の否認規定が定められており、我々税理士は税務署の「伝家の宝刀」として畏れている。平和事件では、この「伝家の宝刀」が抜かれたわけだ。

果たして3000億円を超す借入と株式の売買は、一般常識に照らして相応の行為だといえるのか。銀行に利息を払っておきながら、自分は利息を貰わないことは自然な行為なのか。

資金繰りに苦しむ会社に、経営者が個人で金融機関から借入、会社にまた貸しするなら分かる。質疑応答集は、このような事例を念頭に書かれたものであろう。しかし、平和事件における資金のやりとりは、まったく違うものだと思う。

率直に言って、質疑応答集を根拠に法令の曖昧さをついた節税プランを、税務署に否定された感は否めないと思う。

税務署の行為に一定の理解を示しつつも、すなおに認めたくないのは、今回の課税の根拠となる所得税法157条の浮ウがあるからだ。「不当」とは何か、その基準が浮「。法人税法132条にも同様の規定があるが、私としては実務上、もっとも触れたくない法令の一つだ。仕事柄、税務署とはしばしば争うが、「不当」の解釈論だけは可能な限り避けている。勝ち目が薄す過ぎるからだ。

租税法律主義というのは、納税者にとって極めて重要な理念だ。国家による横暴な課税を防ぐ根拠がここにある。しかしながら、法律は曖昧さを許容せざるえない。全ての行為を法令で規定することは、事実上不可能だからだ。判断に迷うことは、私自身少なくない。だからこそ、国税局の人間が名前を出して監督している質疑応答集の存在はありがたい。

そのありがたさを濫用したのが、今回の「平和事件」ではないだろうか。一応書いておくと私の考えは、もしかしたら少数派かもしれない。多くの税理士は、国家の横暴として「平和事件」を捉えていると聞いている。若輩者の私としては、とても公の席で自身の考えを述べる勇気はない。

それでもだ、私は改めて国家というものの恐ろしさを銘記したい。先人たちの努力の積み重ねで得られた租税法律主義を守る意味でも、その根幹となる租税法の勉強は続けねばならないと思う。法の求める趣獅揄オた上で、法令を解釈したい。安易にアンチョコに頼る危険性を「平和事件」は教えてくれたと思います。
コメント (2)
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