なにをするか予測がつかない人間は怖い。
しかも、冷静沈着に為すべきことを確実に出来るような相手ならば、なおの事浮「。滅多にお目にかからないが、まれに武道などを嗜んだ人に見かけることがある。
この手のタイプは喧嘩が強い。更に付け加えるなら笑顔が魅力的な好漢が多い。この笑顔に騙されて甘くみると痛い目に遭う。痛い目に遭った私が言うのもなんだが、このタイプは交渉も上手い。
なんというか、距離の取り方が絶妙なのだ。するっと懐に入り込んでくる。それでいて、こちらからは容易に近づけない。
例えば、こちらから喧嘩腰で食って鰍ゥると、柔らかい笑顔を返してくる。次の瞬間、私の両足の間に相手の足が入るほどの距離に立っている。ほんの一瞬、笑顔に油断した私は動揺して、思わず飛びのいてしまう。この段階で私の負け。自分から引いているのだから劣勢は目に見えて明らかだ。
こちらの動揺を見透かしていながら、笑顔であっという間に立ち去っていく。これでは遺恨も残らない。力量の差を痛感しているから、追いかける気力も起きないので完敗である。
ここで逆切れして、追いかけて突っかかろうものなら、間違いなく返り討ちにさえるのは明白だ。それが分かるのは、この手のタイプは冷静沈着に、笑顔で淡々と人を痛めつける技量の持ち主であることを知っているからだ。
揉め事が起きた時、あからさまに怒っている相手は、行動が予測しやすい。むしろ無表情であったり、余裕の笑顔を浮かべているようなタイプこそが怖い。次になにをしてくるかが予測不可能だからだ。
何人かこのタイプを知っている。温和でいながら常に周囲から尊重されるようなポジションにいるので、よく注意していれば分かる。このタイプとは揉めたくない。が、不思議なことに惹かれることも多々ある。無視できない魅力があるからだ。
表題の作品の主人公が、まさにこのタイプ。眠り猫というあだ名も絶妙だが、なにより息子とのやり取りが興味深い。相方の元やくざも興味深いし、この二人の奇妙な探偵に惹かれて仕事を止めたヒロインもなかなかである。
花村萬月氏が、まだ作家として成り立ての頃の作品だけに、少し荒削りというか、ストーリーの展開にぎこちなさが感じるが、登場人物が生き生きとしていため、それほど気にならずに一気に完読。
息子が主役の続編もあるようなので、次はそれを探してみよう。