ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

飛べ!ダコタ

2013-10-31 12:07:00 | 映画

心に巣食う憎しみを、どうしたらよいか。

つい半年前まで鬼畜米英として憎んだ敵であった。息子を殺し、夫を殺し、友を殺した憎き敵である。遠く佐渡の島の小さな寒村にいても、この憎しみの熾火は消えやしない。

その島に敵の輸送機(DC3、通称ダコタ)が不時着した。死傷者は出なかったが、なにせ遠い英国の軍用機だけに、英国政府はもちろん米国も積極的に助ける気はないようだ。

仕方なく村長が自ら経営する宿に泊めることとなった。それどころか、その機体が波に攫われぬように村人総出で引っ張って保管。挙句の果てに、砂浜に石を敷いて簡単な滑走路を作って、彼らが帰国するのを手伝うことに。

そんな馬鹿なこと、手伝えるか!!!

困っている人を助けるのに、敵もなにもあるもんかと素直に笑うことなんて、自分には出来ない。

半年前まで敵であったものを助けるなんて、軍人の誇りにかけて出来るか。そんな矢先に知った親友のビルマでの戦死の報。聞けばあの英国軍人たちの中には、そのビルマ戦線で戦った兵士もいるという。

黙ってみていられようか。

新潟の沖合に浮かぶ佐渡の島で、実際にあった不時着事故。こんな想いを抱いた日本人は、決して一人や二人ではないはずだ。その想いは元・兵士だけではない。砂浜で郷里で自分を待つ母の写真の入ったペンダントを失くした英国軍人。砂浜で見つけてそのペンダントを届けた婦人のもとへ届いた息子の遺骨。

遠くビルマの地で亡くなったのだと戦友が、わざわざ届けてくれた息子の骨壺。あれほど恋い焦がれた息子の安否情報。その報がもたらされた時、婦人の脳裏に浮かぶ息子の笑顔。目を開けて見れば、手元にあるのは冷たい骨ツボのみ。

郷里の母の写真が入ったペンダントを受け取った英国軍人へ、早く帰国して欲しいと思った気持ちに嘘はない。でも、この身を引き裂くような悲嘆はどこへ持ち寄ったら良いのか。

昨日までは、鬼畜米英。今日からは民主主義万歳と平然と口にする戦後の日本人。確かに失ったものはあったはず。戦争の責任を軍部に押し付けるだけでいいのかと悩む村長をしり目に、「おらたち、難しいことはわかんね」と平然と英国機が飛び立つための滑走路造りの手伝いに行く村人たち。

全ての想いを飲み込み、全ての恩讐を飲み込んだのは何故か。奇跡のような実話だが、難しいこととは理解できねど、この話が美しいことだけは理解できるはず。

憎しみを抱え込み、厳しい表情で生きるよりも、笑顔で赦しあえる生き方の方が、多分幸せなのだろう。

頑固で偏屈な私に出来るかな?そんな疑問を抱きながらも、幸せな気持ちで映画館を出てきたことだけは確かでした。機会がありましたら、是非ご鑑賞ください。

コメント (4)
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