仕事中、ラジオから流れてきたエンニオ・モリコーネ氏の死去の報。
1960年代のイタリア映画、特に西部劇もの(マカロニ・ウェスタンなんて呼ばれていた)の映画音楽で著名な方でした。もっとも世界的な評価を得たのは「ニューシネマ・パラダイス」からだったと思う。
でも私が一番気に入っていたのは「死刑台のメロディ」でした。
これは1920年代にアメリカで実際にあった冤罪事件をモデルにした映画だとされています。アメリカの事件が、何故にイタリアで映画化されたのか。そこにこそ今、アメリカで未だ終息が見えないジョージ・フロイド氏の殺害ににもつながる根深い問題が見え隠れします。
この冤罪事件では二人の白人が死刑台に送られます。その白人は二人ともイタリア系だったのです。当時のアメリカでは、同じ白人といえどもイタリア出身者は差別、蔑視の対象でした。
元々アメリカは、イギリスで差別されていたキリスト教の新教徒たちが入植して作られた国です。排他的な性格の強いキリスト教の強い影響下にある国であるがゆえに、同じ白人でもカトリック教徒が大半のイタリアやスペインから来た移民たちは差別の対象であったのです。
まして奴隷として連れてこられた黒人や、安価な労働力であった苦力(クーリー)と呼ばれたシナ人たちは、白人以上に差別の対象でした。差別することで、新教徒としての矜持を守っていたのかと勘繰りたいほど、差別が日常化していたのがアメリカです。
自由と平等を掲げてはいますが、本音は欧州で差別を受けたが故に、新大陸では差別する側に回ったという救い難い歴史的な経緯をもつのがアメリカなのです。
この映画も1970年代まではアメリカでもインテリ層から高く評価された名作でした。でも気が付いたらアメリカの映画史から姿を消した、あるいは消された名作でもありました。
そりゃ、過去の恥辱の事実をいつまでも振り回されるのは嫌でしょう。でも無実の罪で死刑台に送られた二人のイタリア人とその家族の悲しみと怒りは忘れるべきではないと思います。
この映画で使われていたのがモリコーネ氏の楽曲でした。哀しさと埋められた怒りを想起させる名曲だと思います。ハリウッドが如何に無視しようと、名作は名作です。未見の方がいらしたら是非見て欲しい映画だと思います。