暗いオーラが漂っている不思議な人、それが清野とおるである。
世間的には、タレントの壇蜜さんの夫としてのほうが有名なのだろう。
だが私としては、売れない不条理漫画家としての印象のほうが強い。ヤングマガジンなどで、時々掲載されていたことは覚えている。だが面白いから覚えていたのではなく、奇妙だから忘れずにいた。
実際、妙にデッサンが歪んだ絵柄と、不条理漫画独特の意味を求めないストーリーの展開は、ある種の気持ち悪さを感じさせるもので、それゆえに覚えていた。
その後、一時期姿を消していたが、意外な形で売れ出した。それがエッセイ漫画家としての清野とおるであった。なにしろテーマは場末のスナックとか、営業しているのかいないのか分からない微妙な定食屋といった、誰も取材しないような店ばかり取り上げていた。
しかも、その取材先は北区赤羽という、知る人ぞ知るアンダーグラウンドな街であった。京浜東北線のターミナル駅でもある赤羽は、人通りも多く、決してマイナーな街ではない。しかし、大通りを離れて一歩裏道に入ると、そこには初見者が足を踏み入れるのを躊躇うような謎の店が幾つもある。
私は顧客の店がその街にあったので、その案内で少しだけその不思議な世界に足を踏み入れたことがある。守秘義務上、詳しくは書けないのが残念なのだが、紹介者がいなかったら絶対に入らない店であったのは確かだ。
もしかしたら、その時に清野氏とすれ違っていたかもしれない。というのは、高齢者ばかりが目立つその店で、一人だけやけに若い男性がいたからだ。それも妙に浮き足立って見えて、変な人がいるなと警戒したほどである。
もう十年ちかく前のことなので、別人の可能性もある。が、その後の清野氏のエッセイ漫画を読むと、本人に思えて仕方ない。なぜかというと、外見から伺える雰囲気は、明らかに暗いというか、憂鬱な感じなのだが、その青年は奇妙なほど興奮しているかのような言動が伝わってきたからだ。
その時は、まさか漫画家の清野氏だとは思わなかったし、むしろ関わらずに通り過ぎようと考えていたのが本音だった。実際、あの違和感というか、店のなかでも浮いている存在だったと思う。
実際のところ、私も浮いていた。あのうらぶれた店で、スーツにネクタイは私だけだったからだ。そのせいで、他の客からは敬して遠ざけられた。まァ、まだ日の高いうちから酔っぱらっている人たちだから、致し方ないとは思う。
だからこそ、数年前に雑誌SPAで赤羽の裏通りの店を紹介するエッセイ漫画を読んだ時に驚いた。ここ、私も行ったことあるかもしれない、と。そういえば、あの時、妙に若い客がいたなァ・・・
まぁ、私の勘違いの可能性が高いのですけどね。あのようなお店を好んで探索しているようなので、あの店の常連客同様に個性的な方々に興味があるならば、一読の価値はあると思います。
でも断言しますが、万人向けの漫画ではないので、覚悟の上で読んで欲しいです。