入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’21年「秋」(22)

2021年09月28日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 この牛たちも、明日は山を下りていく。例年よりか少し下牧が早まったが、しかし牛たちはそんなことなど知らず、ここの暮らしがずっと続くと思っているにちがいない。秋が深まり、木の葉が散り、白いものが舞い、そして長い冬が来ることもきっと知らないだろう。里に帰り、狭い牛舎に押し込まれて、退屈な日々を過ごすようになって初めて、自由であったここの暮らしを思い出すのかも知れない。
 乳牛も和牛も里に帰れば、受精や出産が待っている。乳牛は3,4年で、和牛は長ければ10年以上繁殖を繰り返し、そしてその生涯を終える。実に呆気ない一生でしかない。毎年まいねん山を去っていく牛たちを見送りながら、そんなことを決まって考えてしまう。
 
 牧守にとっての晦日は12月31日ではなく、牧を閉じる日がそうだと言える。それから少し気が抜けて、1ヶ月半ほど様々な残務を済ませて11月の19日には牧守の契約を終える。そして翌年の牧を開くまでの5か月、無聊で暗い冬の季節(クク)を送ることになるのだが、それがこの仕事を始めてからずっと繰り返してきた年月である。長いと言えば長く、短いと言えば短かった。
 それもしかし、少しづつ状況は変わりつつある。牧場の存在意義が年毎に薄れてきつつあり、いくら老いの情熱を燃やしてみても、その変化・流れを止めることはできない。
 
 ただ、もしそうなった場合、ここはどうなるのだろう。ここの自然、そのことが最も気掛かりなことで、閉牧された幾つかの他所の牧場の変わり果てた姿が目に浮かぶ。
 もしかすれば,そんな時が来るのを、手をこまねいて待っている人たちがいるかも知れない。あるいは切羽詰まって、後世に恥じるような決断が下されることだって考えられないわけではない。といって、それも止める術なく、時間も無ければ、いつか来るかも知れない"兵どもが夢の後"さえ目にすることもないだろう。

 蓄積した疲労のせいもある、牛たちとの別れもある。彼女らの姿の消えた広大な牧場は、晩秋の遠い空の色のように寂しい。どうしても牧を閉ざす日が近付くと毎年、悲観的になる。年を取ったせいもあって、いろいろなことを思い知らされる時である。
 本日はこの辺で。
コメント
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