温泉クンの旅日記

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那須湯本温泉 栃木・那須

2006-06-18 | 温泉エッセイ
 < 鹿の湯 >

 思ったとおり十二月中旬の週末、那須はがらすきであった。
 いつもの土曜ならインターの前から降りようとする車で渋滞するはずなのに、
まったく混んでいない。

 那須は、軽井沢に雰囲気がすこしだけ似ている。東京圏からの距離はどちらも
二百キロちょっとで、所要時間もだいたい同じぐらいの温泉のある避暑地だ。どち
らが中級か高級かは別として、である。
 これは自分だけで思っているだけで、ひとには言ったことはない。わたしは、
どちらも同じぐらい好きだ。

 ところで、那須湯本温泉に「鹿の湯」という、昔の湯治場の雰囲気を残している
ひなびた共同浴場がある。前に一度行ったことがあるのだが、もう一度、あらため
てゆっくり堪能することが今回の旅の目的である。泉質は含硫黄・カルシウム硫酸
塩塩化物泉で、白濁の湯で泉温も高い。温泉好きなら、那須ではここを必ず押さえ
ておきたい。

 那須湯元の温泉街を貫く坂を上り、温泉神社を左に見て坂を下りきったところに
ある駐車場の隅に車を止めた。
 尻ポケットの財布から千円札一枚を抜き、財布は車の中の所定の場所に隠すと
タオルを手に車を降りロックする。

 源泉の硫黄の匂いが混じった、きりきりと冷えた高原の朝の空気のなか、鹿の湯
の受付のある建物に続く川沿いの急坂を下りていく。温泉のある棟は川を挟んで
建っており、またぐように渡り廊下でつながっている。
 あがってきた太陽の熱で、大気の底のほうから冷たさがゆるみはじめている。

(あらら、まだ朝八時だっていうのにもうこんなに来ているのかよ!)
 受付の棟の裏にある駐車場が八割がた埋まっているのをみて、わたしは舌打ち
する。実は昨日きたのだが、あいにく客がいっぱいいたため一番低温の浴槽にしか
はいれず、低料金の日帰り温泉に一泊して朝一番に出直してきたのだ。
 トタン屋根の木造の細長い温泉棟は川に沿ってぎりぎりに建っており、使い終わ
った湯がいくつかの排水口から湯煙をあげて小川に注がれ、川底や石塊を白く変色
させている。



 受付の棟のガラス戸をあけ、靴を脱いで入浴料四百円を支払う。
 小川の上の渡り廊下を渡り温泉棟にいく。
 突き当たりの鏡を右がわに曲がり、男湯へ。合成樹脂製の脱衣籠が棚やスリッパ
の散乱する床にならんでいる。わたしはあいている籠を足元に置き、逸る心の
まま、次々と脱いだ衣服を投げ入れた。
 狭い剣道場のような趣の板張りの浴室には、まず手前に棺桶のような湯槽が埋め
込まれてある。床にぺたりと前かがみに座り込み、頭に被せたタオルのうえから、
柄杓で湯を掬ってはかぶり湯を繰り返しているひとがいた。湯あたりを防ぐ用心で
ある。

 わたしも棺桶の横にあったケロリンの桶で、掛け湯をする。かなりの熱さであ
る。下半身はなんとかぐっとやせ我慢して掛け湯をしたが、上半身は掌で掬った
湯を心臓あたりにペチャペチャとまぶしてすませてしまう。
 湯煙がもうもうと充満したその奥には、埋め込まれた枡状の浴槽が二つずつ三列
に並んでいる。湯煙のなか、奥のほうにうっすら人影があつまっている。



 浴槽はそれぞれ四十一度から四十二、四十三、四十四、四十六、四十八度までに
わかれている。ひとつの枡には、脚をたためばなんとか四人はいれるくらいの広さ
である。列の間と壁際に敷き詰められた、すのこには排水のために傾斜をもたせて
あった。

 奥にいくにしたがって温度が高くなる。奥の列のふたつの枡には、ミネラルウォ
ーターのボトルを持ったたくさんの常連たちが、砂時計で時間を測りながら熱め
入浴と浴槽の外で冷ますのを繰り返している。四十八度は激烈に熱い。昨日、足の
先だけちょこんといれるや「アチ、アチョー」と、ブルース・リーばりのアクショ
ンで飛びのいて常連たちの失笑を買ったのだった。ま、高血圧だから、あまり無理
は禁物である。

 わたしは、まず最低温である四十一度のぬるめの浴槽にゆるゆると身を沈めた。
昨日は結局ここの浴槽しかはいれなかった。しかも、熱いのが苦手のはずのどこか
の子どもが平然と一緒の枡で、温泉通としてはおおいに悔しい思いをしたのだっ
た。今朝はすくなくても三つぐらいの枡にはいりたい。
 朝一番のせいか四十一度といいながら、お湯が練れていないせいかかなり熱い。
昨日の温度よりは一度ほど高そうである。

 ゆるゆると肩まで、白濁した熱く濃密な湯に浸る。手のひらで掬った温泉で顔に
刷り込むように何度も撫でる。鼻もひさしぶりの硫黄臭を深々と楽しんでいる。
 濃密な湯浴みは、また濃密なひとときの時間でもある。しばらくじぃっとして、
温泉に接している身体中の皮膚の表面に神経を分散網羅させて、至福の感覚を皮膚
のすべてで味わうのだ。

 そうしてから組んだ手を上突き出して伸びをし首を、肩を、腕を湯のなかでこと
さらゆっくりと回す。肩や脇腹、脚を揉みほぐす。痛みきった精神や肉体の疲れも
ほどけはじめ、毛穴という毛穴から澱となって湯に溶け出していく。

 四十二度を飛ばして四十三度の枡に移る。

 ここも四十四度ぐらいの、湯の噛み付き具合であった。
 濡れタオルを頭に載せ、じっとしていると汗が吹き出してくる。二日酔いがみる
みる消えていき、爽快感がじんわり満ちてくる。やっぱり温泉はいいなあ。それに
しても熱い湯だ。あつつつ、ああ、もう限界。
(今年はいろいろあって、あんまり温泉へいけなかったが、来年はガンガンいくぞ
お!)
 すのこに転げでる瞬間に、密かにそう決意したのだった。

 それにしても、
「み、水、冷たいミズが欲しい」
 鹿の湯へは、常連を見習ってミネラルウォーターは持参するべきである。

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