<甲府富士屋ホテル(1)>
「よっ、信玄公、ひさしぶり!」
小さい声でそう呟くと、煙草に火を点けて紫煙を深々と吸った。
特急「あずさ」で禁煙を強いられたので、甲府駅に着くとまっすぐ南口にある武田信玄の銅像のところまでやってきたのであった。
信玄は、あいかわらず威厳を周囲に漂わせ、迫力のある顔つきだ。まるで、昼間から酒臭い紫煙をまき散らかしているわたしを睨みつけているように感じてしまう。
渋谷のハチ公のように、山梨の人たちはたいていここで待ち合わせると聞いた。
さて、湯村温泉に宿はとれたのだがチェックインタイムまでまだ間がある。駅ビルのなかで、もうすこし酒でも呑むとするか。
武田神社や昇仙峡はなんども行っているし、今回は甲府で観光はやめておこう。酒で時間をつぶしてまっすぐ宿に向かおう。
駅ビルの上階にあるレストラン・フロアにいってぶらぶらと店を探す。
特急のなかで軽く呑みながら牛たん弁当を食べたので、あまり重いものは敬遠したい。トンカツも中華もイタリアンもちょっとね。
(あっ、明石焼きだ。これこれ!)
丸の内に事務所があったころ、宝塚劇場のそばのビルの地下に元宝ジェンヌの美しい母娘がやっている喫茶店がありそこに足しげく通っていたのだが、そこのメニューに明石焼きがあっていつも食べていたのだった。
懐かしい・・・。あの店はいまもやっているのだろうか。
窓際の席にすわり、いちおうメニューをひととおり見た間をおいて、明石焼きと日本酒をオーダーする。テーブルに灰皿がない。
戻ろうとする店員の背中に、喫煙はいいのかと訊くと、灰皿をお持ちしますとの返事である。
煙草も吸えるし、これで二、三本ゆっくり呑めばちょうどいいだろう。
運ばれてきた熱々フワトロの明石焼きを、できるだけ熱いうちに次々と出し汁に付けていただく。酒がそれを追いかけていく。
この店のメイン料理は大阪のお好み焼きなのだが、この明石焼きもかなり美味しい。
昼をだいぶ廻っているので、どんどん客が少なくなってしまい、しょうがないので二本で切り上げることにした。
関東では「湯村温泉」と聞けば「ああ、甲府のね・・・」とすぐに思うが、温泉好きであれば「夢千代日記」で有名になった山陰の湯村温泉のほうをまず思い浮かべるだろう。
宿にはタクシーかバスでいくのが早いのだが、時間もあることだし、バス嫌いのわたしはぶらぶら歩いていくことにする。三十分もかかるまい。湯村温泉は何度も来ているので道には明るいのだ。
― 続く ―
→「元祖駅弁大会」の記事はこちら
→「湯村温泉 兵庫・新温泉町」の記事はこちら
→「武田神社」の記事はこちら
→「昇仙峡」の記事はこちら
「よっ、信玄公、ひさしぶり!」
小さい声でそう呟くと、煙草に火を点けて紫煙を深々と吸った。
特急「あずさ」で禁煙を強いられたので、甲府駅に着くとまっすぐ南口にある武田信玄の銅像のところまでやってきたのであった。
信玄は、あいかわらず威厳を周囲に漂わせ、迫力のある顔つきだ。まるで、昼間から酒臭い紫煙をまき散らかしているわたしを睨みつけているように感じてしまう。
渋谷のハチ公のように、山梨の人たちはたいていここで待ち合わせると聞いた。
さて、湯村温泉に宿はとれたのだがチェックインタイムまでまだ間がある。駅ビルのなかで、もうすこし酒でも呑むとするか。
武田神社や昇仙峡はなんども行っているし、今回は甲府で観光はやめておこう。酒で時間をつぶしてまっすぐ宿に向かおう。
駅ビルの上階にあるレストラン・フロアにいってぶらぶらと店を探す。
特急のなかで軽く呑みながら牛たん弁当を食べたので、あまり重いものは敬遠したい。トンカツも中華もイタリアンもちょっとね。
(あっ、明石焼きだ。これこれ!)
丸の内に事務所があったころ、宝塚劇場のそばのビルの地下に元宝ジェンヌの美しい母娘がやっている喫茶店がありそこに足しげく通っていたのだが、そこのメニューに明石焼きがあっていつも食べていたのだった。
懐かしい・・・。あの店はいまもやっているのだろうか。
窓際の席にすわり、いちおうメニューをひととおり見た間をおいて、明石焼きと日本酒をオーダーする。テーブルに灰皿がない。
戻ろうとする店員の背中に、喫煙はいいのかと訊くと、灰皿をお持ちしますとの返事である。
煙草も吸えるし、これで二、三本ゆっくり呑めばちょうどいいだろう。
運ばれてきた熱々フワトロの明石焼きを、できるだけ熱いうちに次々と出し汁に付けていただく。酒がそれを追いかけていく。
この店のメイン料理は大阪のお好み焼きなのだが、この明石焼きもかなり美味しい。
昼をだいぶ廻っているので、どんどん客が少なくなってしまい、しょうがないので二本で切り上げることにした。
関東では「湯村温泉」と聞けば「ああ、甲府のね・・・」とすぐに思うが、温泉好きであれば「夢千代日記」で有名になった山陰の湯村温泉のほうをまず思い浮かべるだろう。
宿にはタクシーかバスでいくのが早いのだが、時間もあることだし、バス嫌いのわたしはぶらぶら歩いていくことにする。三十分もかかるまい。湯村温泉は何度も来ているので道には明るいのだ。
― 続く ―
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