「 九州 ・ 沖縄 ぐるっと探訪 」

九州・沖縄・山口を中心としたグスク(城)、灯台、石橋、文化財および近代土木遺産をめぐる。

1月28日 「 朝の風景と現場の帰り 」

2015-01-28 19:09:41 | 朝の風景とその他の風景



ポツポツと雨が降っていた朝景色








空の色合いが印象派的な画風に見える







どことなく牧歌的に見える夕方の景色




久しぶりに朝と夕方の情景写真の掲載である。

今朝はポツポツと雨が降っていたが現場に出た。
そして地盤がしっかりするまで他の仕事をして
その後、石や木の根っ子を出した。

このところの気温は1月のそれじゃないくらい暖かい。
東北の人のよく言う 「 しばれるねぇ~ 」 って感じではないのだ。
まぁ、寒さが苦手なボクにとってはうれしいばかりである。

仕事の帰りに撮った写真は、日が延びたぶん景色が明るくなった。
その効果なのか? 牧歌的に見えた。




大分県玖珠町 「 角牟礼城跡 ・ 三の丸 」

2015-01-28 04:44:41 | 歴史 ・ 墓 ・ 城 ( 本土 )






















































角牟礼城の三の丸にある駐車場は
現在、城壁の復元工事が行われており、
3月いっぱいまで掛かりそうである。

角牟礼城は、弘安年間に森朝通によって築かれた。 
戦国時代には、豊前大内氏と豊後大友氏との争いでは、
豊後から豊前宇佐郡へ通じる交通の要衝の地であったため、
玖珠郡衆により城はより堅固に修築された。

天正14年、島津義弘は豊後国への侵攻を開始し、
新納忠元を将として玖珠郡に攻め込んだ。
角牟礼城には、森氏をはじめ魚返・中島・志津利氏などの玖珠郡衆が籠城。 

難攻不落の天然の要害に築かれた角牟礼城を島津軍も攻め落とすことが出来なかった。
文禄3年から慶長5年にかけて、日田日隈城主毛利高政が、
玖珠の拠点として角牟礼城を整備したが、慶長6年に久留島氏が入封し、
山麓に森陣屋を築き、角牟礼城は廃城となった。



やよい軒のチキン南蛮定食とイーゼル

2015-01-28 04:43:41 | 日記 ・ イベント




















日曜日にイーゼルを買いに行った。
これは現在描いている絵のためで、
その帰りに 「 やよい軒 」 でチキン南蛮定食を食べた。

ご飯のおかわりが自由というが・・・
若い頃ならばパンチの効いた捲りを打つために
「 よ~し! 」 と、気合を入れて食べたであろうが、
今は腹八分?七分?。程々にである。

ここに来たら、いつもチキン南蛮を注文するくらい大好きである。