Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

正当化の独逸的悔悟

2006-08-13 | マスメディア批評
ギュンター・グラスの新刊書籍のキャンペーンが始まった。九月に発売される「玉葱の皮を剥く時」と言う著者の自叙伝的作品らしい。何よりも、氏が武装親衛隊(Waffen-SS)であったことが、活字として踊る。これほど効果のある宣伝もなかろう。

さて、先ずは最もインテルクチァルな新聞フランクフルター・アルゲマイネがこのキャンペーンに加担して、早速本日付け紙面でインタヴューを掲載している。なぜ、今頃になって告白をしたのか、態々ナチスドイツにおける最も凶暴な部隊へと志願した経緯などを質問する。

ネットで読んでから一面トップ記事の短報に続いて文化欄二面に渡るインタヴューを読んだ。何もこの作家の支持者でもファンでもなくても、これを読んでやり場のない怒りに近いものを覚えるのが普通でないだろうか。

宜しい、文学者が満足行く文体とスタイルを見い出さない限りその内容を表現出来なかったと言うのは。ただ、氏の場合はSPD党員として政治活動もしていたのではないか。一介の物書きでもなく、ノーベル文学賞受賞者でもある。何れにせよ、文学研究家にはまた論文のネタが増えたことだろう。

自伝的小説家でない自覚から、今初めて 当 時 を出世作「ブリキの太鼓」以来再び文学的に語ろうとするのは良い。しかし、ヒトラー少年としてUボートの募集には時遅しで、自己の家庭環境を逃れるために16歳で武装親衛隊に志願する 当 時 は、文学そのものなのだろうか?SSで厳しく躾けられ、入隊一週間で変わって行く少年を語るのは、それがたとえ巨匠の筆とは言え、あまりにも月並みではないのか。

本人が言うように、十代の二年の月日は、それを理解するには大きく、19歳の青年と17歳の青年では全く違うであろう。ニュルンベルク裁判で事情を初めて知ったと言うのも、弁解として良かろう。ただ、彼は全てを語る機会を逃した。インタヴューアーは訊ねる「ブリキの太鼓の時に全てを語れたのではないか」と、作家は答える「それが受け入れられる状況はなかった」と。

自ら二年過ごした捕虜収容所での米軍の黒人人種差別に触れ、反省の無いフランスを代表とする戦勝国への不信感を語り、西ドイツのアデナウワー政権の異常と正常化しようとしたヨゼフ・シュトラウスの政治を語るとき、ナチのキージンガー首相を相対化するとき、この作家はドイツ人得意の醜い言い逃れを図る。

嘘は、更に嘘を構築する。この作家は、何度も誤りを繰り返した。一度掛け違ったボタンは、一度着た服を脱ぎ捨てて裸になるしか修正出来ない。玉葱の皮を剥くように。そして今、またしても死後のスキャンダルよりも、弁明の効く著作活動を選んだ。後悔しているかとの問いに答えて、それしかなかったと開き直る。いつもそうして来た様に。

それだけでは足りずに、ヨゼフ・ラッツィンガーと当時出会ったと小説に書き込み、再び物事を相対化しようと試みる。況してやヴァチカンからの反応を期待するようなそぶりも見せる。マザーコンプレックスを、その口に何時も銜えたパイプだけでなく、その小説に志願入隊の動機とも重ねる。なにやら、大江健三郎の最近のポストモダーンを気取った小説を見るかのようだ。

ナチズムとコミニズム、そしてソチアリズムを相対化して、当時のエホヴァの証人の有志を語るとき、ここに作者の忌憚が透かし見える。イデオロギー無き時代に彼らはこうして正体を曝け出す。ナチによる近代的小市民的アトモスフェアーからの脱却と腐ったカトリック的アデナウワー時代のまやかしと言う「過去を乗り越える」事は果たして東ドイツで可能だったたのか。

上手に世渡りしてきた「芸術家」が、戦後ノルデやクレーに見出したものは、八十歳近くになって初めて認識出来るものなのか。

パウル・ツェランのアドヴァイスに触れられて、「蝋燭を点けて朗読する詩人は、自分に嫉妬もあった」とするこの作家の傲慢さこそドイツ的信仰告白そのものだ。

本人が最も知っている。この前歴を持ってはフランスで出会ったカミューとサルトルの影響を受けた政治活動も存在しなければ、ノーベル賞も受けていなかった事を、それどころか「ブリキの太鼓」の出版さえ危うかっただろう事を。

何も知らなかった、知ろうとしなかった市井の人々について、芸術の中に生きようとした芸術家について今更読む必要はない。手元に積んであるギュンター・グラス著書だけでもう十分である。

来週には、当時の写真特典つきの新著初版の発表会が開かれるらしい。



参照:
強制収容所の現実 [ 歴史・時事 ] / 2005-01-26
似て非なるもの [ 雑感 ] / 2006-08-14
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする