Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

おとなしいグレードアップ

2015-12-03 | 
掃除の準備もあって夜更けまで作業をしていた。先ずは、配達されたスピーカーコードの長さなどを調べる。今まで使っていたものは4Mあるのには驚いた。差しで計り、2.5M強で十分と見積もっていたからだ。それでも5M発注して足りなくなる可能性があったから10Mのを注文したのだった。17,90ユーロだった。

そこから3Mを左右二本を切り取ることにした。メートル毎に印が入っているのでそれが一番良い。残りは4Mになるから予備も出来る。さて、なによりもコードの引き回しに気を使って、同時にスピーカーの出口の周りでコードをゴム製ワッシャーで固定するために、壁につけてあるマウントを分解する。システムを設置してから初めての取り外し作業であった。

中は汚れがないので新品のようだった。配線を済ましスピーカーを設置する。コードの中の一本一本の銅線が0.07MMと細めなので一本も失わない様に慎重に外被を剥く。更に銅線が汚れない様にマイクロファーザーの眼鏡ふきなども駆使する。実際は、それ以上にスピーカ側のターミナルが汚れているのだが、それを分解して掃除するまでの時間的余裕はない。

コード自体は以前のものより平たく、予想以上に太くしっかりしていて、重量もあるので良さそうなのだが、どのような音になるかはあまり予想がつかなかった。綺麗に敷設して接続して、いよいよ音慣らしである。

先ずは最近よく流している実況ものとかを鳴らすのだが、期待していたほど新鮮味がない。これでまた自分の耳の事が気になってくる。実際その後にもう一度20歳ほど若い女性と一緒にモスキートテスト(音量注意)を繰り返してみた ― 結果は年齢の違いが出ていて、彼女は16KHz超えまで音としてしっかり聞こえるのだ。結局CD以上の周波数に求められるのはアウラであり、やはり芸術にとっては重要な要素という話になる。

それでも録音場所などを良く熟知しているCDを鳴らすと、明らかに今までとは違う面が聞こえて来る。なによりも音場の反響などが、壁に当たって戻ってくるスピード感を以てよく分かるようになって、それ以上に低域から中域の繋がりが今までにないほどよくなった。要するに音が張り出すでもなく、引っ込むでもなく、音の芯が出来たというか、音の密度が上がり、オペラ歌手の口元の動きなども分かるようになったのである。それによって音のバランスが変わった。

そこで今まで上げていたトレブルを戻してみる。そして音量をもう少し上げてみるとどこまでも自然な鳴りが変わらない。同時に音量を下げてもあまり違和感が無く実体感が失われない。そもそもシステムの問題と思っていたものが無くなり、今までの若干ラウドネス気味のつまり高低を若干上げた形からより周波数がフラットになる再生が可能になったようだ。

ここ暫く気になっていた高周波数はその影響からか以前ほど清涼感としての強調が無くなって、倍音成分よりもむしろ音楽の基音が綺麗に聞こえるようになった ― 楽譜が書き取れる方向である。表現を変えると落ち着いた響きになったというのだろうか、もしくはHiFiに近づいたとしても間違いではないだろう。

夜更けまでこのような作業をするのは久しぶりであった。但し嘗てのオーディオ趣味の時とは違って、知っている音源を片っ端から聞き直してみたいというような衝動にも駆られない、とても大人しいグレードアップであった。古楽器などの質感がとても嬉しい。ピアノのタッチの鍵盤の動き感もよく、何よりも音が飽和する感じが無くなった。



参照:
ネットで耳のチェックをする 2015-12-02 | 生活
原音再生を意識させるCD 2014-08-08 | テクニック
影に潜む複製芸術のオーラ 2005-03-23 | 文学・思想
コメント
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