<落ち葉の舞い散る中、日光浴する老人たちが印象的でした ノートルダム寺院>
平成5年11月6日から始まった研修も、いよいよ大詰め、16日(火)、最後の訪問国フランス・パリに向けて午前9時半スイスジュネーブのコルナバン駅から、TGVで出発です。午後1時半、無事パリのターミナル駅の一つである「リヨン駅」に到着です。
なお余談ですが「ターミナル駅」という言葉は、本来終着駅をさす言葉ですが、日本では終着駅が少なく、使われることが少ないのですが、欧米ではよく使われます。パリでは、ここリヨン駅がそうで、地中海方面への鉄道路線の発着駅になっています。また「北駅」は、ユーロースタ―のロンドン行きの発着駅、「東駅」は、フランス東部、ドイツ方面への発着駅となっています。これ以外にも、いくつかのターミナル駅があります。古くは、1953年(S28年)公開のイタリア映画「終着駅」で一躍日本でも、この言葉が有名になりました。
パリ・リヨン駅に、午後1時半に到着。
駅前広場には、選挙のポスターらしきものがあちこちに掲示されていました。ここでバスに乗車して、まずは、ベルサイユ宮殿見学へ。
宮殿の広場の広い事にびっくり。
内部の豪華なことに二度びっくり。この宮殿はルイ14世が1682年に建てた宮殿です。内部には、ルイ14世、15世、16世、ナポレオン時代の絵画、壁画がたくさん残されています。各部屋で、説明受けるもののあまりにも膨大で、とても覚えきれませんでした。
<注:ルイ16世について>
1789年のフランス革命で、王権が停止され、1793年皇后マリー・アントワネットとともに処刑されました。このころの話は、池田理代子氏の漫画「ベルサイユのばら」で取り上げられ、後にアニメ放映されています。また宝塚歌劇団でも取り上げられているので、ご存じの方も多いと思います。
宮殿見学に来た高校生たちでしょうか、日当たりの良い場所で、お菓子をポリポリ、だべっていました。どこの国でも同じですね、若い子が集まれば…
☆翌11月17日(水)は、パリ商工会議所で、フランスの経済状況、17世紀以降の歴史、ECの現状と課題等々。3時近くまで講義がありました。その後、パリ警視庁、ノートルダム寺院、コンコルド広場等を見学。
ノートルダム寺院 老人たちがのんびり日光浴しているのが印象的でした。奥に映りこんでいる尖塔は、2019年4月に火災により崩落するという事故が起こりました。ちなみに、この寺院は1163年に着工し、850余年を経て、2013年に着工850年の式典が行われたばかりでした。
なお撮影位置は、寺院の裏手に当たります。またこの寺院は、ヴィクトル・ユーゴー原作の「ノートルダム・ド・パリ」の小説の基になりました。そして1923年に「ノートルダムのせむし男」として映画化されたので、その映画を見た記憶のある方もおられるでしょうね。
内部には有名な「バラ窓」があります。
中央左に移りこんでいるのはシャンデリアです。
17日夕方近くエッフェル塔広場で遊ぶ小学生くらいの子供たち。
翌日の早朝は、通勤者たちが行きかいます。
早朝のシャンゼリーゼ大通りの歩道側。道幅が広いのにはびっくり。
さらにびっくりしたのは、道の反対側にわたる横断者たち。歩行者信号が赤にもかかわらず、車が来ないとさっさと横断し始める。真ん中の分離帯で一旦停止して、車を避けて向こう側へ。向かい側の歩道には、警察官がいるものの、全く注意せず。
遠くローマ時代にさかのぼれば、道路は戦車用(馬)に作られたものであるため、現在でも、車優先の意識が強いとか。人身事故があっても、8割方は、歩行者の不注意で罰せられるとか。
向こうに見える「LIDO]は…有名なカンカン踊りなどエロチックショーが売り物の飲食店。
最終日の自由時間には、地下鉄の切符を購入しメトロで、モンパルナスに行ってみました。残念ながら英語が通じるのはパリの中心部の観光地のみ、ここでは、全く英語が通じません。近くの大型店で、お土産を買うべくチョコレートを選んでいて、何個入りか、店員に尋ねるも、数人の店員全員、英語が通じず。奥から黒人の店員来て12個入りですよと説明を受ける。
☆次回は、最終回として、旅行中のアクシデントや笑い話を、1~2紹介いたします。
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