■ センス・オブ・ワンダー ■
映画やアニメを見る楽しみや、
小説を読む楽しみは、
「センス・オブ・ワンダー」を
体験する楽しみです。
センス・オブ・ワンダーは、
「不思議な感覚」と訳せますが、
SFの用語として広く知られています。
私は未見ですが、キャメロン監督の「アバター」を観て
人々が感じる感覚が「センス・オブ・ワンダー」です。
キャメロン監督は「ターミネーター2」で
CGを導入して私達を驚かせましたが、
私としてはデビュー作の「アビス」で、
深海の高圧に耐え切れずに
潜水艇のライトが内破する瞬間の方が、
センス・オブ・ワンダーを感じるひとコマでした。
「センス・オブ・ワンダー」の語源は
意外にも「沈黙の春」で有名な
レイチェル・カーソンの小説の題名です。
レイチェルの遺作となるこの作品は、
彼女が夏の数ヶ月を過ごす
メイン州の海岸や森の神秘を
静かに綴った作品です。
「センス・オブ・ワンダー」とは
「小さな自然の神秘」を指す題名です。
これ見よがしのCGやアニメの映像より、
科学的に検証されたひとコマや、
日常が垣間見せる、思わぬ情景の方が、
レイチェル・カーソンの表現した
センス・オブ・ワンダーの語源に近い感覚でしょう。
■ 日常と重なり合うバーチャル ■
バーチャル・ワールドを描いた作品と言えば、
ウィリアム・ギブソンの小説「ニュー・ロマンサー」や、
映画「マトリクス」が思い浮かびます。
昨年夏、ヒットを記録したアニメ映画の
「サマー・ウォーズ」もこの譜系の作品です。
「バーチャル・リアリティー=非日常的な空間」
という認識が私達の間に確立しています。
ところが、NHKで2007年に放映された「電脳コイル」は
バーチャル空間が「日常にマッピング」されている事で、
新しい地平を切り開くと同時に、
近年稀に見る「センス・オブ・ワンダー」を体験させてくれます。
■ 電脳メガネを掛けた子供達 ■
2026年の未来、
メガマス社の開発した電脳メガネを掛けると、
現実空間にマッピングされた電脳空間が認識出来ます。
一見、何の変哲も無い日常の風景ですが、
例えばペットの犬はバーチャルな電脳ペットで
メガネを外すと見えなくなったりします。
電脳メガネには色々な機能があって、
携帯電話になったり、
ヘッドアップディスプレイとしても機能します。
子供達の遊びも、殆ど眼鏡を使った遊びで、
ケンカも電脳対決です。
■ バーチャル空間の中のホラー ■
実際の都市にマッピングされている電脳空間は
アップデートにタイムラグがあります。
アップデートが遅れた空間は
「古い空間」と呼ばれ、
現実とバーチャル空間に差異が生じています。
この古い空間を通して、
「ミチコさん」が住む異世界に
子供の意識あ連れ去られるという
「都市伝説」が広がっています。
この「トイレの花子」さんならぬ
「ミチコ」さんに、
子供達は言い知れぬ恐怖心を抱いています。
■ 他愛の無い子供の世界にひそむ異世界 ■
物語は電脳以外はいたって日常的な子供の世界を
転校生のヤサコ(優子)を中心に描いて行きます。
26話の前半は、子供の友情や、
対立やケンカを、
バーチャルなギミックを上手に使いながら
丁寧に描いて行きます。
ところが、中盤を過ぎると、
「ミチコ」さんと「あっちの世界」が
子供達に暗い影を投げかけてきます。
意識を「あっちの世界」に置き忘れてきた兄を救うべく、
異世界の扉を強引に開こうとする少女、イサコ(勇子)。
それを利用する大人や会社。
主人公ヤサコの過去の夢と、イサコの過去。
企業のエゴと、人のエゴが複雑に絡み合いながら、
物語は確信に迫って行きます。
「ミチコ」さんとは何か?
交通事故で死んだ子供の死因は何か?
4423と名乗る夢の中の少年は誰か?
■ SFとしての完成度の高さ ■
電脳空間と電脳眼鏡をギミックにした、
子供達の群像劇と思われた物語は、
子供の視点を損なう事無く、
SF的にどんどん深化してゆきます。
しかし、扱われる事象は、
客観的に見れば「学校に怪談」の域を出る事はありません。
アニメにありがちな世界の破滅も起こりません。
事件は少女達の極私的過去と、
データのバグを消去しようとする
大人達の些細な努力という
ミニマムな要素で展開して行きます。
しかし、むしろこの抑制の効いた設定が、
大風呂敷を広げて、たためなくなる事の多いSFにあって、
とても高い完成度と、物語としての魅力を生み出しています。
「深海のイール」や「パラサイト・イブ」の様に、
個人の物語を放棄するのでは無く、
イサコとヤサコの物語を丁寧に掬い上げながら、
物語は終焉を迎えます。
■ 賞を総なめした、隠れた名作 ■
私の文章ではこの作品の素晴らしさを表現出来ませんが、
この作品が2007年の賞を総なめした事からも、
多くの人にお勧めしたいアニメです。
2007年文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞[1]、
第7回東京アニメアワードTVアニメ部門優秀賞、
第39回星雲賞メディア部門、
第29回日本SF大賞受賞作品。
また同作の原作・脚本・監督により、
磯光雄が第13回アニメーション神戸個人賞を受賞した。
■ この素晴らしいアニメが話題にならない悲しさ ■
「涼宮ハルヒの憂鬱」がヒットする理由は良く分かります。
そして「電脳コイル」が一部のファンにしか浸透しない理由も良く分かります。
「キャラに萌えられる」かどうかです。
「涼宮ハルヒの憂鬱」が「萌えキャラ」を
戦略的に利用して成功を収めたのと対象的に、
「電脳コイル」は「萌えキャラ」を排して
一般受け出来なかったと言えます。
普通の街、普通の子供達、
普遍的な子供の願望に隠れた
「センス・オブ・ワンダー」。
今どきの子供は、この素晴らしい世界に感応する力を
失っているのでしょう。
「電脳コイル」が話題にならない日本の将来を憂います。