■ カリフォルニア米の価格競争力は既に失われている ■
TPPで聖域とされるコメですが、輸入米の状況はどうなっているのでしょうか。
<現状>
ミニマムアクセス枠 77万トン(内主食用米は10万トン)
低関税率枠(SBS) 10万トン(主食用・原料用)
ミニマムアクセス枠は政府が買い上げており、原料米、飼料米、そして余った米は海外の食糧支援米などに回されています。
今回の日米の交渉で問題となた主食米の輸入拡大ですが、アメリカはミニマムアクセス枠を17.5万トン拡大しろと要求し、日本は5万トンにしてくれと頼んでいる様です。攻防の末にミニマムアクセス脇77万トンはそのままに、主食米の枠をその中で7万トン増やす事で合意しそうです。
低関税率枠(SBS枠)の10万トンを増やすという案も有るのですが、実は昨年国内の米価が下がり、さらに円安で米国産米の価格が上昇した為、作井年度はSBS枠を利用した輸入は1.2万トンに留まりました。要するに米国産の主食米は既に日本での競争力を失っているのです。
そこで、米国政府は減少した輸出量+αを日本政府に直接買わせたいのです。これを世間では「押し売り」と言います。
日本政府はミニマムアクセス枠で輸入したコメを主食用として市場に流すと農家の生産を圧迫するので、従来は原料米、飼料米として国内で消費され、余った分は海外への食糧支援に活用されていました。それなら問題無いとお思いかと思われるでしょうが、高い主食米を捨てている様なもので、税金が無題に使われています。今回輸入が増える7万トンも文字通り「ブタのエサ」にでもされるのでしょう。
■ 7万トンは決して少ない量では無い ■
仮に現在のミニマムアクセス内の主食米枠10万トンに追加して7万トンが増えると、強制的に主食米輸入は17万トンに達します。
これは、米の生産量全国17位の埼玉県の生産量に匹敵します。もし仮に米国の要求通り17.5万トンが増加して総量27.5万トンになると、同10位の岩手県の30万トンに近い量になります。
日本のコメの消費量は850万トン程度ですが、人口減少と米食離れで消費量は年々減少しています。ここに輸入米が拡大して、さらに主食米として市場流通量が増えると農家にとってその影響は決して小さくはありません。
■ 生産性の低い水田から耕作放棄されて行く ■
輸入米の国内流通量が増えた場合、国内の水田で耕作放棄地が増えて行きます。山間の狭い水田などは機械化や大規模化が難しく、精査性が高くありません。こういった水田では、自家用米以外の生産が輸入米に押されて難しくなります。
私は自転車で房総半島を走り周っていますが、山間部の小さな水田ばかりか、比較的平坦は地域でも結構な耕作放棄地が有ります。
農業従事者は高齢化が進んでいますから、輸入米に押されなくとも米の生産量は減少して行きます。現状は消費量とバランスする形で生産縮小が進行しています。
■ 水田と一体化した日本の環境 ■
水田面積の減少は日本古来の景観を失わせるだけでは無く、自然環境や防災にも大きな影響を与えます。
房総半島には「川回し」と呼ばれる手法で江戸時代に干拓された谷底の水田が山間部に点在します。これらの水田は現在は多くが耕作放棄され、草地になっています。かつて森青ガエルなど水辺の生物が豊富に生息していた様ですが、現在はすっかり減ってしまいました。
この様に日本の自然環境は稲作文化と共に人為的に改造されたものですが、長い年月を掛けてそれは私達の生活を支えるものとなっていました。例えば、水田は保水能力が有ります。大雨が降っても水田が有る程度水を蓄えてくれるので、河川の氾濫や低地の水没が防がれています。
水田な減少すればこの様な保水能力も減少して、河川の氾濫などの水害が増え、堤防の改修などに税金が投入されます。これは平野に限った事では無く、山間部でも治水の問題が発生するでしょう。
■ 安くて美味しいコメを輸出できる国 ■
カリフォルニア米に代表されるアメリカ産の主食米の価格競争力は既に失われています。アメリカは製造価格と販売価格の差額を補助金として農家に支払っていますから、現状はアメリカから日本へのSBS枠でのコメ輸出などは、補助金を垂れ流す結果となります。だから、SBS枠での輸入量は円安ドル高が進行すればさらに減少するでしょう。
一方、日本人が食べている短粒米(ジャポニカ米)の生産地は、中国、朝鮮半島、台湾、タイ北部、ベトナム北部、オーストリアに分布しています。この内TPPに加盟しているのはタイ、ベトナム、オーストラリア。
オーストラリアはアメリカと並びコメの輸出に積極的な国で、コシヒカリも生産しています。ただ、粘り気が少ないので、日本人が好む味では無い様です。現地の和食料理店などで消費されています。これはオーストラリアのコシヒカリが不味いのでは無く、外国人に好まれるコシヒカリが生産されている事に注意が必要です。もし、コメの完全が緩和されれば、オーストラリアは5Kgで500円などという格安の日本人向けのコシヒカリも生産出来るかも知れません。国内の千葉産の安いコシヒカリが5Kgで1800円程度ですから、味が多少劣ってもオーストラリア産のコシヒカリは国産米を駆逐します。
タイやベトナム北部でもコシヒカリやササニシキが栽培されていますが、日本人などが技術支援して、それなりの品質のコメが生産されています。これらの高級ジャポニカ米は、アジアの和食ブームの広がりと共に生産が拡大しています。無農薬コシヒカリまで栽培されています。現代的な精米や貯蔵施設も整備されているので、この地域でのジャポニカ米の生産は需要が拡大すればそれなりに増えるはずです。これらの地域から良質な日本人好みのコシヒカリやササニシキが輸入される様になれば、やはり国内農家は価格で勝てません。
■ 安い食糧は必要になる? ■
日本では現在労働者の賃金が停滞、あるいは低下しています。非正規雇用の拡大の影響もあって、現金賃金総額がマイナスに転じています。
一方、異次元緩和による円安で食糧品を始めとした輸入物価が確実に値上がりし、実質賃金が低下し続けています。
アベノミクスでインフレになれば皆ハッピーというのは全くの間違いで、多くの人達が実質賃金の低下の影響を受け、国内消費が鈍化しています。4-6月期のGDPはとうとうマイナスに落ちてしまいました。
この様に、国民が貧困化する中で問題になるのは食費の上層です。貧困層は家計における食費の割合が高い(エンゲル係数が高い)ので、食料品の値上がりは家計を大きく圧迫します。この状況が進行すると、さすがに国民も「アベノミクスに騙された」と気づきます。
古来、人々は多少の事は我慢します。しかし、食べる物が十分に無い時に国民の不満は拡大します。フランス革命からアラブの春まで、革命の原動力となったのはインフレによる食糧
不足でした。
日本も貧困層が増える中で、「安い食品の供給」は国家の安定の為に重要になるはずです。牛丼が290円から380円に値上げされた事で、お父さん達の不満も高まります。ハンバーガーのセットも食べられない若者が激増しています。
今後、円安の進行でさらに輸入価格が上昇すれば、どこかの時点で関税を緩和してコメや有製品や豚肉や牛肉を安くする必要に政府は迫られます。
■ 資本家の飼い犬の政府は農業を保護しない ■
自民党の大票田は地方に有ります。昔は農政族は政治に大きな影響力を持っていました。しかし、小選挙区制によって、執行部の影響力が大きくなり、地方出身の議員の影響力は無くなってしまいました。
自民党の執行部は経団連など輸出企業の影響力が大きく、その背後にはグローバルな資本家達が隠れています。彼らは安い労働力と低い関税が大好きですから、その方針に則って政府はTPPを推進しています。
将来的には日本人の多くの賃金が低下し、円安によって日本は「安い部品の生産地」として、ベトナムやカンボジアやミャンマーに部品を供給する役割を担うでしょう。
一方で、賃金の低下による不満は、安い食料品で誤魔化されるはずです。その一方で農家の保護が政治家の利権を拡大します。
なんだ、ウィンウィンの関係では無いかと錯覚しそうですが、関税という財源が減少して補助金という支出が拡大します。
少子高齢化の進行で、将来的には財政の継続性に疑問を持たれる日本で、政府の支出が拡大するのですから・・・その結果は押して知るべしです。そして、国債が国内で消化されている日本においては、「最期の負担者」である国民は逃げる事が出来ません。
「安倍政権が日本を崩壊に導いたと将来日本人は気づくはずだ」というのは先日のジム・ロジャースの発言ですが、この予言は多分的中するでしょう。しかし、日本は(世界は)グローバルな資本家達の描くロードマップからは逃れる事は出来ません。