■ バブル時代と「イラン人」 ■
若い方はご存じ無いかも知れませんが、日本のバブル時代には「イラン人」が沢山日本で働いていました。上野の西郷さんの銅像の周りは、彼らの集合場所の様になっていて、夕方などは日本人が近づき難い雰囲気でした。
1974年に日本とイランが「ビザの相互免状協定」を調印しイラン人が日本に入国し易くなった事と、1988年にイランイラク戦争が終結して、多くのイラン人が経済の荒廃したイランから日本に職を求めて入国して来た事が原因です。
当然、彼らは不法就労者でしたが、バブル時代の日本は労働力が不足していたので、工事現場などで彼らは雇用され、不法滞在を続けていました。警察や入国管理局も度々摘発をしていましたが、だいぶ手心を加えていた様に感じました。彼らが重要な労働力だったからです。
しかし、上野に溢れていたイラン人もバブルの崩壊と共にほどんど日本を離れて行きます。職を失ったからです。
■ 多神教の日本では、イスラム系の人達の差別が少ない? ■
当時のイラン人たちは、彼らのコミュニティーを形成していて、一般の日本人とそれ程接点は無かったと思います。それでも、「バイト先にイラン人と知り合いになって・・・」なんて学生同士の会話も有りましたから、結構仲良くやっていのかも知れません。
日本人は単一民族で、島国暮らしですから、本来は外国人は苦手です。さらに、明治以降のアジア人蔑視の傾向が強いので、中国人や韓国人には潜在的敵意を抱いています。これは「同族嫌悪」に近いものだと私は考えています。日本人の白人コンプレックスの裏返しがアジア人蔑視の源だと。当然、顔立ちの近い中国人や韓国人がその対象となります。
一方、全然顔立ちの違う東南アジアやインドや中近東の外人は「同族」の範疇に無いので、「嫌悪」の対象とはなり難い。「差別」や「区別」の対象とはなりますが、それは「積極的にお近づきになりたくない」という消極的拒否であり、「嫌悪」とが別種の感情です。
ですから、何かをきっかけに知り合いになると、日本人はインドや中近東の人と意外に仲良しになると私は感じています。インド料理屋さんで店員さんが片言の日本語で話しかけると、日本人は親切に彼らに接します。
同様に、日本人はイスラム教へのアレルギーがキリスト教圏よりも少ない。「異質」なものとして遠巻きにはしていますが、積極的に排除したり嫌悪する事は有りません。これは多神教の日本が、一神教のキリスト教よりも宗教的な寛容度が高い事の現れです。
■ あまり増えると「恐怖」が生まれる ■
一方で外国人慣れしていない日本人は、多くの外国人に囲まれる事には慣れていません。バブル期の上野で「イラン人」に囲まれた経験のある日本人の多くが、ある種の「恐怖」を味わったハズです。
現在のネトウヨの中心とする嫌中・嫌韓の流れにも、「潜在的在日」に対する恐怖が有るのかも知れません。「見た目」で分からないから、もしかするとコイツもアイツも在日かも知れない・・・という恐怖です。「イラン人」の様な分かり易アイコンが無いだけに、警戒心が高まる。
■ 入国管理法の改正で増えるのはイラン人かも知れない ■
政府は入国管理法の改正を急いでいますが、これが成立して増えるのは、「イラン人」かも知れません。
一時的に日本に住んだとしても「分かり易く区別」が出来、文化的な相違から日本に定住する可能性が低い。これは、言葉が悪いですが「都合が良い」。
■ 中東戦争で自衛隊の直接戦闘は避けなければならない ■
しかし、次なる中東戦争がイラン VS サウジアラビア の闘いとなり、自衛隊が米軍に従ってイランと戦闘するとなると話は異なって来ます。イラン人にとって日本人は「敵認定」となってしまう・・・。
これまで外務省や政治家や企業の努力によって、険悪では無い日本とイランの関係ですが、出来ればこれを崩したくは有りません。いえ、イスラム圏との関係を崩す事は得策では無い。
だから、憲法改正によって、自衛隊が中東で正面戦闘する事態だけは避けなければなりません。ネトウヨ諸氏には一考を願いたい。(聞く耳は無いのでしょうが・・・)
<追記>
イラン人の犯罪が多発した事も事実・・
バブル期やバブル崩壊後に「イラン人」の犯罪が多発した事も事実です。「偽造テレカ」や「麻薬の密売」などですが、生活に困窮した人達は犯罪に走ります。
ですから、移民や難民問題の根源は「生活レベル」に有ります。「日本人が移民や難民から搾取する」という構造が有る限り、移民や難民の犯罪は無くなりません。
では、私達日本人は自分達の所得や福祉のレベルを下げてまで、彼らを受け入れる事が出来るのか・・・・多分、無理でしょう。このジレンマを解決しない限り、移民や難民問題は解決しないのです。
アメリカは移民の国家ですから、この点が公平です。確かに不法移民から搾取してはいますが、「国民」の機会は人種によらず比較的平等です。これは豊かさにおいても、貧しさにおいても平等です。「運と努力が有れば誰でも成功できるかも知れない」。いわゆるアメリカンドリームですがアメリカの活力の源です。
但し、アメリカは金持ちと貧乏人の生活圏は明確に区別されています。ロスアンゼルスのハイウエイを間違って降りると、ヒスパニック系の住人の住む地域に出てしまう事が有りますが、ここはメキシコか?という街並みが続いていたりします。
先進国が発展途上国を内包しているのがアメリカの真の姿です。だからアメリカ人は国内の「異国」に大して銃武装で自衛するしか無いのです。
<追記>
「イラン人」や「在日」という言葉が沢山出て来ますが、蔑称として用いている訳ではありません。お気を悪くなさった方がいらしたら、先にお詫びしておきます。