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映画・演劇のレビュー

『ラブファイト』

2008-12-07 20:29:24 | 映画
 まっすぐにすすんでいく。ゆるぎない視線を相手にむける。目の前にいるその人にゆらぐことなく向かっていく。10年間逃げ続けた少年が、10年間ずっと彼を守り続けてきた少女の前に立つ。そして、戦いを挑んでいく。2人が、かつて通い続けた幼稚園のグランドに足でリングを描く。このシーンを見たとき涙が溢れてきた。胸が熱くなる。『バッテリー』『ダイブ!!』の林遣都と、『幸福な食卓』の北乃きいの主演作。2人がただただすばらしい。

 稔と亜紀、2人の靴がぶつかり合い、四角いリングが園庭に出来た時、ふたりの戦いは始まる。こんなにも気持ちのいいラブシーンを見たことがない。この後、2人は殴りあうだからこれはラブシーンなんかではないのかもしれない。だが、こんなにも美しいラブシーンを見たことがない。涙でまともにスクリーンが見えない。(と、いうのはいささか大袈裟だが、泣きながら見ていたのはホント)

 16歳の男の子と女の子がしっかり相手と見つめあい、目を逸らさない。2人はお互いに向き合い、向かい合う。2時間以上のこの映画はひたすらこのラストシーン目指して一直線に進んでいく。映画としては拙い描写も多々ある。少し滑っているエピソードもないこともない。(偽ドキュメンタリーとか、役を与えた女優と必ず寝るプロデューサーとか、そのへんのエピソードはちょっと酷い。コメディー処理したジムの入所希望者の部分とか。稔を好きになる同級生の女の子の場面もちょっと拙いかなぁ。亜紀のファンの不良たちとかの部分は、あれでもいいが)欠陥をあげつらうことはいくらでも出来る。だが、そんなことなんでもないことだ。この映画の爽やかな感動の前では、実に些細なことなのだ。

 北乃きいがとても力強い。それに対してヘタレの稔クンの林遣都が徐々にたくましくなっていく姿もいい。彼の成長を見つめているだけで胸が熱くなる。だから、これは単なるラブコメではない。

 さらには彼らの背景となる大人2人のエピソードは主人公2人に比肩するくらいのバランスで描かれていく。映画としてはそこから破綻が生じるのは十分覚悟の上で敢えてそこを中途半端にはしない。この大人2人は若い2人とオーバーラップする。やがて彼らも大人になる。その時、ふたりはこの大人たちを乗り越えていく。そのためにも、彼らのエピソードは御座なりには出来なかったのだ。くだらない大人になってしまった彼らの失敗を繰り返さない。もう取り返しのつかない時間を生きる2人の大人たち。だが、2人は彼らをしっかりみつめることで未来を生きる。そして、大人の2人もここからよみがえっていく。

 大沢たかおがすばらしい。(桜井幸子も久々にいい役をもらった)今年の主演男優賞を彼にあげたい。これは助演というポジションなのだが、実質的には彼がこの映画の主役だ。

 彼が林遣都の目の前で北乃きいにキスする長いシーンがすごい。この驚きの時間、僕らはただ、息をつめて見つめていることしか出来ない。それはスクリーンの2人の子どもたちの同じだ。彼がなぜここで彼女にキスしたのか、説明はつかない。だが、理屈ではないインパクトがある。主役の2人はいったい何が自分たちの身に起きたのか把握すらできない。その後、走り去る北乃を追うことも出来ない林の姿をロングショットで捉えたまま、シーンは終わる。

 ボクシングはスポーツでも喧嘩でもない。ならば、何だ?これは戦いだ。殴らなければ自分が殴られる。体と体がぶつかり合う。こんなにもまっすぐなまなざしをみたのは久しぶりのことだ。映画としての綻びなんか、どうでもいい。成島出監督は彼の傑作『フライ・ダディ・フライ』を遥かに凌ぐ今年ベストワンの最高傑作をものにした。

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