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映画・演劇のレビュー

有吉玉青『南下せよと彼女は言う』

2012-12-04 22:34:30 | その他
サブタイトルには「旅先の七つの物語」とある。7つの旅を巡る物語が連作される。観光で訪れたヨーロッパの街を舞台にして、そこで過ごす日本人の、その地での出来事を通して、彼らがほんの少し変わっていく姿が描かれる。(最後のエピソードだけ、ハワイなのでヨーロッパではないけど)

 それは、気の置けない友だちとの旅行だったり、一人旅、だったり、夫婦で過ごす旅だったり、新婚旅行も、定年退職後の旅も、ある。それぞれ事情も、状況も違う。妻、恋人を失った後の旅もある。だが、それぞれが置かれた状況は特に大きな問題ではない。旅先で見たもの、感じたこと、それが今の彼、彼女たちの心に響きあい、日本にいた時には、思いもしなかったことが見えてくる。そちらが大きい。

 旅先だからこそありえる気分の高揚だろうか。日常ではない時間の中での特別ではない出来事が、それぞれの心に微妙な影響を与える。彼らが抱える困難な状況も、なんだかとても気持ちがいいものとして受け止めれる。それは背後に描かれる美しい風景も影響しているのだろうか。

 僕もまた、遠くを旅したい、という気分にさせられた。ちょうど偶然にもこの12月の終わりに、ここで描かれた街のひとつを旅する予定だ。旅する前にこの本と出会えてよかった。

 大切なことは、どこに行くかではない。そこで何を見るか、だ。今ここにいる日常から遠く離れて、知らない街、知らない国、知らない場所をさまよい歩く。そこにはきっと今まで見たことも感じたこともないものがある。その時、自分の心がどんなふうに反応し、何を考え、何を思うのか。そんな自分と出会うことが旅のおもしろさだ。冬のヨーロッパをピンポイントで旅したいいつものことだが、遠くの誰も知らない場所に行き、そこで暮らす人たちの姿を見ているのが楽しい。。また、今回もいつものように目的もなく、旅するつもりだ。

 この小説を読みながら、興味深かったのは、これは観光であるにもかかわらず、観光地の何か、ではなく、そこにいる自分の姿にクローズアップしたことだ。この小説は、旅のそんな気分を思い出させてくれる。早く旅に出たい。


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