習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『光りの墓』

2016-04-19 19:49:27 | 映画

 

タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督最新作。『ブンミおじさんの森』で世界を驚かせた彼が放つ新作は原因不明の眠り病に罹った人たちを収容する廃校となった場所を利用した仮設病院での日常を描く。ファンタジーではないけど、不思議な日常が淡々と綴られていく。主な登場人物は3人だけど、彼らがドラマを牽引するのではない。

アピチャッポンの故郷であるタイ東北部イーサン。そこでの日常が静かに描かれる。だって患者たちはほとんど寝たまま。介護するスタッフや、ボランティアの人たちの姿がドキュメントされる。ドラマチックとは程遠い。リアルな描写がこの異常な光景を支える。さらには、現実と妄想とが日常世界で出会い共存する。

 

美しい風景はきれいごとではなく、ただの日常に支えられる。曇天の日が多いのも、ここが夢の場所ではないということを伝える。何度も言うがただの日常。

 

ほとんど寝たままの青年。彼の介護をする足の悪い女性。同室の患者たちと魂で交流する特殊な能力を持つ若い女。そんな3人が一応の主人公なのだが、ことさら彼らが前面に出るわけではない。ここでの日常をスケッチしたら、たまたま彼らがたくさん視野に入っただけ、という程度。それくらいにさりげないのだ。

 

休憩していたらふたりのきれいな女がやってきて、自分たちははるか昔ここで暮らしていた王女たちだ、という。先にふたりが祀られた場所で捧げものをしたことのお礼を言いに来た、ようだ。そんなありえないことが普通にある。さらには、この場所が王宮で、墓だった、ということを知らされる。眠り病の患者は死者に献身している、とも。だから、ここから去れ、とか、そんなことではない。ただ、事実を伝えただけ。

 

不思議なことなら枚挙に暇はない。それによって観客を驚かせようとするのではない。それどころか、まるでなんでもないことのようにそんなこんなが描かれる。いったいこの映画は何なんだろうか。何も伝えたいことはない。ただ、こうしてこんなふうにして時間が過ぎていく。それだけ。でも、それだけの2時間が、見ていることで、何物にも代えがたい体験となる。この静かな感動は何だったのだろうか。説明はできない。でも、確かに、それはあった。その事実だけで十分だ。

 

あまりにさりげない風景。園庭ではショベルカーが地面を掘り返している。HITACHIとある。どこにでもある機械だ。最初に「美しい」と書いたが、実は、どちらかというと殺伐とした風景だ。だが、そんな風景が心の目を通した時、確かに美しいものとして映る。ずっと眠ったままでいたい。たまに目覚めてもまた、深い眠りに戻る。そうしてずっと、こうしている。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『きみはいい子』 | トップ | 西加奈子『ふる』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。