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映画・演劇のレビュー

小手鞠るい『未来地図』

2023-11-17 19:01:00 | その他

こんなにも優しくて、ささやかな感動を与えてくれるそんな(小さな)小説と出会えて良かった。小手鞠さんの新刊だから、それだけで借りてきたのだが、秘密の隠れ場所を見つけた気分だ。

こんな小説が好き。ひっそりとして、決して傑作だとか大騒ぎする作品ではないけど、自分だけは大事にしたいと思う作品。誰にも勧めない(もったいなくて)。そんな隠れ里のような小説はたくさんあるけど、これもその一冊。

 彼女が家出して、偶然押し出されるように知らない駅のホームで降りてしまった。そのまま改札を出て町を歩くことにした。そして、この町で住むことになる。

小説の舞台となる奈良の王寺町にこの春たまたま行ってきた。近所すぎて今までわざわざ行くことはなかったけど、ちょっと時間が出来て、途中下車してふらふら歩いてきた。たった1時間くらいだから、行ったうちには入らないだろうけど、素敵だなと思った。小説の後半の舞台になった達磨寺にも行って来た。

来週くらい、今度はゆっくり一日かけて街歩きしてくるか、な。これはそんな気分にさせられる小説だった。(もちろんきっと来週には行くつもり。ヒマだから。これってささやかな聖地巡礼だね)
 
結婚に破れて、彼女はひとり旅に出るつもりだった。だが、それは京都の山科から奈良の王寺までになる。旅と呼ぶにはあまりに近すぎるけど、それも旅。しかも彼女はそこでひとり暮らしを始める。やがて、たまたま(?)念願だった(それまで何度も落ちたのに)奈良県教員採用試験にも合格して、中学の国語教師になる。しかも地元王寺町の中学に赴任するのである。
 
ゆっくりと自分のほんとの人生を歩んでいくこと。もちろんあの結婚が間違いだったということではない。夫だった銀次と過ごした5年間を否定はしない。だけど、教師になって子どもたちと過ごすことが彼女の夢だったことは事実で、そんな夢を諦めて生きてきた。今すべてを捨てた後、偶然そんな夢が叶う。
 
僕も教師が好きで、40年間ずっと高校で生徒たちと暮らした。担任が好きだったから10回、28年クラス担任をした。(ほんとはもっとしたかったくらい)彼女と同じで国語教師をしていた。関係ないけど。
 
幸せになってはいけないと思う彼女のトラウマになったのは母親の自殺(事故)。母の死の前日、自分が「死んだらいい」と言ったこと。それが原因だとは言い切れない。だけどそれが彼女を今も苦しめている。

知らない町でのたった一人ぼっち、だがそこでさまざまな人と出会い、彼女は自分らしさを取り戻す。新しい恋もする。そして心は癒される。確かにこれは甘い小説かもしれない、だけど、この優しさはうれしい。

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