今の自分の気持ちに近い小説ばかりを読んでいる。たまたま手にした小説がそういうものばかりになるのは、意識的に選ぶのではなく、(だって選択の余地はないから)ほんとうに偶然なのだ。僕がたまたま図書館に寄れる時間に新刊コーナーで並んでいた本というのが、選択の理由だからタイミングが合わなければたぶん永遠に読まない。ほんとうにたまたま出会えた。
31歳の高校教師が主人公だ。熱心な先生で、生徒からも慕われている。だけど、彼の心の中は空虚だ。熱心なふりをしているだけ。仕事に情熱なんか抱いていない。辞めたいと思っているけど、辞めるだけの意志の強さはない。惰性で仕事をしている。だけど、表面的にはいい先生を演じている。ばれてない。そんな男が主人公だ。彼が高校3年生の時に飛ばされる。イシイカナコの幽霊のせいだ。高3のセンター試験のあと自殺した彼女の幽霊が彼を連れ去る。もう一度高3の時間をやり直す。しかも、自分の体ではなくクラスメートの体を借りて、体は高校生だが頭の中は31歳のまま。
なんだかよくある「タイムスリップもの」ような設定なのだが、当時の自分の周囲の人物の視点からあの頃の自分を見つめ、彼とかかわるというのが新鮮だ。しかも、最初はあまり近くにいなかった友人、次はほとんど話もしたことのなかった女の子、次は身近にいた親友、と3人の体に入る。石井加奈子を死なせないようにするため、というミッションに幽霊のイシイカナコとともに、挑む。
この荒唐無稽なコミック的世界をとても読みやすいタッチで展開していくのだが、読みながらどんどん身につまされていくのは、自分の心境と共鳴するからか。それはやり直したいというところではない。それどころか、やりなおしたくなんか一切ない。面倒でしかない。それだけの情熱はないし。彼もまた同じだったはず。こんな面倒に巻き込まれたくはなかった。だけど、今の自分の毎日はクソだ。だから、ここにはいたくない。でも、どこといって当てもない。そんなときだった。
飛ばされたとき、ほっとしたのかもしれない。もうあそこで生きなくていい、ただそれだけで気が休まる。それってもうかなりやばい。(たぶん)そんな彼があの頃の自分を距離を置いて見ながら、自分の失敗を回避するために何が必要かをみつけだす。石井加奈子を助けるには何が必要か、を考える。
人生をやりなおすなんて出来ないし、したくはない。だけど、しかたなくそういう状況に置かれたとき、そこから後悔を知る。そんな彼の姿を通して、ほんの少し心が軽くなった。石井加奈子を甦えらせることは出来ないが、彼女と寄り添い、今の自分を生きようとする。まぁ、答えはそこくらいにしかなかろう。答えを知りたいのではない。この時間を通して見えてくるもので伝えたいのだろう。とても気持ちのいい小説だった。