
昨年12月劇場で公開されたノア・バームバック監督の最新作。これもNetflix映画だ。大作である。そしてあのA24作品だ。だからふつうじゃない。こんなマニアックな映画に大予算を投入して、しかも配信公開である。もちろんベネチア国際映画祭コンペティション部門にも出品しているようだが。
先日見た『MEN』といい、これといい、A24作品はなんでもありだ。好き勝手してやりたい放題している。作家の主体性を重視しているのかもしれないが、なんだかなぁ、と思う。先日見たイニャリトゥの『バルト、』もNetflix映画だった。そこにはプロデュサー側からの規制がない。湯水のように予算をかけて、わがまま放題の映画を自由に作る。(少なくとも僕にはそういうふうに見える)悪いことではないけど、なんだかなぁ、とも思う。
これは3部構成で、この驚きの映画は思いもしない方向へと紆余曲折していく。カークラッシュはアメリカ映画の醍醐味、とかいうふうに語る冒頭の大学での授業。1960年代か70年代くらいがお話の舞台か。アダム・ドライバー演じる大学教授はヒトラー学(そんなのがあるのか?)を教えているみたい。1部は、学内や家庭での日常描写から始まる。でも、至るところがふつうじゃない。彼は4回目の結婚で妻も同じ。お互いの連れ子も含めて4人の子供たちがいる。ふたりの間に生まれた子供ひとりでまだ幼い。これはホームドラマか、思うがそうではない。妻が認知症ではないかと疑う描写がある。少しざわつく。(というか、彼は暢気で気にしてなかったが、娘からいろいろ言われて初めてそれに気づくのだが)彼女がさかんに服用している薬は何なのか、というようなささやかな日常の(異常な)描写からお話は始まるのに。
2部はなんとパニック映画に。危険な化学物質を積んでいた居眠り運転のトラックが列車と衝突して、そこから放出された化学物質をめぐって多くの住民たちが避難する事態に。子供たちが怖がっているのに、アダム父は暢気に構えている。たいしてことないよ、とか言ってご飯を食べていると、避難勧告発令。ようやく彼も慌てたけど、当然逃げ遅れることに。そこからは派手なカーアクションも満載した阿鼻叫喚のスペクタクルに。濁流に飲み込まれたり、ダイブしたり、世界が終わるのかと思わせる展開に。
でも、その後の3部はそんな大事件も無事終息したその後が描かれる。あのパニックなんかなかったかのような今まで通りの平和が戻ってくるのだが、最初から気になっていた妻の薬物依存のお話が戻ってきて、まさかの彼女の秘密が明らかになる。あの謎の薬の秘密から殺人事件や、殺したはずの男はまだ生きていたから彼を病院に連れていくとか、何が何だか。
さすがにこれはあまりにとっ散らかりすぎではないか、と思う。ふざけているのか、本気なのか。どうでもいいのか、何なのか。そして呆れるのはあのエンドタイトルのバック。ここでこんなことをするのかと驚くようなスーパーでの大人数でのミュージカルもどきのダンスシーン。あのシーンを作るだけでも大変だったはず。そこにこれだけのお金と労力をつぎ込むのか。大量消費社会を皮肉る歓喜のナンバー。でも、ここで果たしてそれがいるか? なんだか狂気の沙汰。
確かに衝撃の大作映画ではある。だけど、こんなのでいいのか、といささか疑問も抱かざる得ない。やりすぎで、混沌としている。死にたくないとか、神の救済とか、壮大なテーマも内包するけど、ふざけたコメディ映画でもある。なんだかよくわからない。これが今年1本目の映画だ。(配信だけど)さて、2023年もいろんなことが楽しみ。