宮沢賢治の童話と書簡をアレンジしてひとつの世界を作り上げる。『土神ときつね』を全体の中心に据えて、唯一の友という保坂嘉内への手紙を全編にコラージュさせる。全体を物語の形に整えるのではなく、もっと自由に見せていく。お話としての整合性より、感情の起伏を前面に押し出した。『土神ときつね』というシンプルな物語の間に手紙が挿入されていく。その結果物語は分断され、お話への集中力は殺がれていくのだが、反対にそれゆえ、象徴としてのこの童話が賢治自身の想いを代弁していくことになる。
誰かへの熱い想い、それは恋愛に限らない。同性への友情も含めて、家族への想いだってそうだ。賢治の妹への想いは『永訣の朝』にも明らかだ。彼の詩の断片も自由に挿入されていく。そうすることで宮沢賢治というひとりの男の全体像、生き方、愛し方をこの小さな作品の中で提示しようという試みだ。もちろんそんな大それた事が目的ではない。ただ、宮沢賢治が何を求めどう生きたのかを、断片の中から見つめようとした。全体像というのはおこがましい。軽やかなラフ・スケッチがいいところだ。チェロの調べにのって、朗読劇のスタイルで、物語られる。渡部ギュウ、菊池佳南、原西忠佑の3人が語り、演じる。メインとなる『土神ときつね』というお話自体は、けっこうドロドロした感情が綴られる。でも、そこにある想いは純粋だ。そこを起点にして、『春と修羅』や彼の残した数々の作品を背景にして彼の求めたものに迫る。力作だけど、小品。そんな立ち位置がいい。無理することなく、深いところにまで届く。