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映画・演劇のレビュー

朝倉かすみ『とうへんぼくで、ばかったれ 』

2012-10-28 21:54:45 | その他
 今回はあまり乗れなかった。あまりにねらい過ぎではないか。吉田という女が嘘くさい存在にしか見えない。それは同じように彼女が好きになるさえない中年男エノマタも、だ。42歳独身のこの男が、まるで何を考えているのか、わからないし、そのことが、作品の力にならない。せめて吉田の涙ぐましい行為に説得力でもあれば、いいのだが、これでは、ただの気味の悪いストーカーでしかない。

 そんなふうに主人公2人にまるで共感しないのだから、小説が面白くなるはずもない。確かによく考えてはいるのだが、リアルではないから、話に乗れないのだ。そこが一番大きい。20歳すぎのまだ、女の子である主人公が、わざわざ札幌から東京まで、たった一度会っただけの男を追いかけて(しかも、相手は自分のことなんか知らないのに)来るか? あり得ない。そんな突飛な行動に出る吉田(名前では呼ばれない)という女の情熱に引き込まれたなら、この小説は成功したかもしれない。でも、これではただ嘘っぽいだけ。

 訳の分からない情熱に誘われ、気付くと彼女の応援していた、というのが、この手の小説の常套だ。だが、そうはならない。これはやはりねらいすぎなのだ。へんな小説。ありえない。まず、設定がリアルではない。20歳過ぎの女の子が42歳のまるでさえないおっさんを好きになる。しかも、おっさんはまるで彼女のことを知らない。気づかない。なのに、彼女はたった1度ほんの少し関わっただけの彼をひたすら追いかける。なんとかして彼の知り合いになり、恋人になろうとする。相手の男のことを何も知らないのに、である。ストーカーなのだが、危ない女ではない。普通の女の子だ。しかも、直接的には過激な行動は取らない。ただ、彼をみつめているだけ。まぁ、それって充分危ないかもしれないけど。

やがて、念願がかなって、知り合いになり、恋人にもなれる。でも、それが幸せにはつながらない。物足りない。それは彼女が想うほどには、彼が愛してくれないから、というだけではない。付き合いだすと、想像していた彼とは違った、とかいうよくあるパターンでもない。そのへんはおもしろいのだが、それすらも、なんか作者のねらいでしかなく、リアルじゃない気がする。そこがちょっと物足りない。2人の想いがあまりに、違いすぎて、お互いの距離感が2人の愛を遠ざける、だなんて書くと、それもまるで、違うなぁ、ということになるから、難しい。かなりこれも先に読んだ『ひらいて』同様、微妙なタッチの作品で、説明しづらい。

主人公の表記を「吉田」で通す。名前ではなく苗字にする。友人も、だ。(こちらは前田)小説は最初と最後に、吉田が好きになる男の話を置く。エノマタさんである。ここに彼のどうでもいいような日常のスケッチがあるから、この小説は生きる。そこでは、このエノマタというつまらない男の生活における吉田の存在の軽さが描かれる。彼にとっては吉田なんて、この程度のものでしかない、と思わせる。なんだか切なくなるけど、そこで吉田に感情移入しすぎて、べったりとしたドラマにはしない。その辺のさじ加減はうまい。だが、それでもなんだか作られた話という感じからは抜け出せない。あと少しなのだ。それで傑作になったはずだ。なんとも惜しい。



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