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映画・演劇のレビュー

『ホットロード』

2014-08-17 19:49:41 | 映画
 公開初日に見に行った。期待通りの作品だった。この夏最後に、この夏公開の最高傑作と出会えたことが素直にうれしい。これはほんとうに素晴らしい映画だ。こんなにも無口で、でも、心の一番深いところにまで達する映画はなかなかない。

 お話自体は実に他愛もない。普通ならこんな話には恥ずかしくて付き合えない。だが、こんな陳腐なお話なのに、この映画から目が離せない。そして、この映画が描く孤独の深淵は計り知れない。そこに嵌って抜け出せない。辛いけど、目を逸らせない。

 『ソラニン』を見たときにも感じたことだが、三木孝浩監督の描き方は、従来の青春映画の文法ではありえないことだ。子供に媚びるような見せ方はしないし、ましてや子供を見下すような描き方もない。ひとりひとりの人間としての彼らがそこには確かにいる。それを突き放すのではない。温かい目で包み込むのでもない。しっかりと凝視するのだ。

 それは原作が漫画であろうと、小説であろうと、変わることはない。だいたい『陽だまりの彼女』のような荒唐無稽を作っても、そうなのだから驚く。というか、彼だから驚かない。

 今までの題材がたまたまそうなのか、あるいはそういう素材ばかりのオファーがくるからなのか、そのへんはよくはわからないけど、彼の手がけた映画はそのすべてが青春映画というジャンルに分類されるものばかりだ。しかし今回はそんな中でも究極の題材ではないか。

 80年代の少女漫画のバイブルを、原作そのままの時代背景で描く。そこには気負いはない。あくまでも、さりげない。90年前後の風俗の描写が丁寧に描かれる。電話が大切なツールとして、描かれる。ケータイなんてなかった時代だ。そういう背景を丁寧に見せていく。そこに細心の注意を払う。それはここには嘘はいらないという覚悟だ。お話が嘘くさくても、彼らの心情には嘘はない。

 この映画を見て一番驚くのは、主人公の能年玲奈が、ほとんどしゃべらないことだ。2時間の映画の中で彼女は1時間40分は登場しているが、その中で、10分くらいしか声を発してなかったのではないか。象徴的なのは主人公の2人が出会うシーンだ。彼が何を聞いても彼女は答えない。反抗的な態度を取るというのでもない。もちろん、そういうシーンもあるにはある。だが、問題はそんなことではなく、いつでも彼女はまず世界を拒絶していることだ。心を閉ざしている。インナーボイスではそれなりに饒舌に語られてはいくのだが、それはあくまでも心の声でしかない。それすら虚しい。周囲に対して何も言わないし、彼らを拒絶している。普通ならそういう女はいやな奴でしかないだろう。何を自分の世界にひきこもっているのか、とあきれる、はずだ。だが、そうはならない。凄い緊張感で、最後まで引っ張られる。

 たったひとりだけ。彼を信じる。だが、それは純愛映画というのとも微妙に違う。この際この映画のストーリーはあまり気にしない方がいい。母親への複雑な想いとか、暴走族の話やら、学校や、なんやらかんやらあるにはある。しかし、そんなのはあまり気にしないでいい。ただ、このふたりの想いだけを、見つめていけばいい。圧倒的な風景描写がそんなふたりの心を雄弁に語る。

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