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映画・演劇のレビュー

『小さき麦の花』

2023-02-27 18:23:00 | 映画
素晴らしい映画だった。さりげなく悲惨な日常を綴っていき、あれっと思う。最初は人間関係もよくわからないくらいだ。ただ障害を持ち厄介者扱いを受けている女と同じように兄から邪魔者扱いされている男が結婚して、(厄介払い)空き家をあてがわれて、ふたりがぎこちなく生活を始めることはわかる。

そこからは彼らの暮らしを淡々と見せていくだけ。慎ましく、貧しく、ささやかな日々。彼女はなかなか上手くコミュニケーションは取れないが、彼の優しさに触れて彼を信じていく。家族のようなロバと荒れた畑を耕し、麦を作る。そんなありきたりの毎回がこんなにも心に沁みる。

こんな映画が今でも中国で作られて、それがちゃんと検閲を通過して上映されたのかと思うと、驚きだ。しかも大ヒットしたらしい。だが、その後突然上映打ち切り、配信からも消えてしまったようだ。これが農村の貧困を赤裸々に描いているからか、これを民衆が支持したことで政府の横槍が入ったのは確実である。ただ公開時はこんな地味な映画、検閲ではきっと歯牙にも掛けなかったから公開されたのだろうが。

僕は大昔に見た松山善三監督の往年の名作『名もなく貧しく美しく』を思い出していた。あの映画でもこんなふうに美しい夫婦愛が描かれていた。よく似ている。

映画はただただ淡々とふたりの日々を描いていくだけ。そこにはドラマチックな展開はない。なのにそれがこんなにも心に響くのは彼らの小さな幸せに共感するからだ。理不尽なことも多々あるが、ふたりはそれさえ受け入れていく。お人よしにもほどがある。でもそんなふたりが羨ましい。純粋にこの小さな幸せを楽しむ。極貧の生活だが、真面目に誠実に生きる。

こんなにも愛されて彼女は幸せだったはず。なのにあんなことになるのも人生か。事故はいつ起きたっておかしくないけど、悲しい。せっかく幸せになれたのに病気になって悔しいと彼女が言う。彼は大丈夫、僕が君を守るからと言う。(だいたいそんな感じね)見てて恥ずかしいようなシーンなのに泣ける。だが、病気からではなく、事故死。いたたまれない。
 
2011年が舞台。昔話ではない。今でも地方の農村ではこんな感じかもしれないけど、それを中国政府は認めないだろう。大躍進を続ける中国の恥部をあからさまにしたから、上映禁止ということか。 
 
ドラマチックを排してドキュメンタリータッチを貫いて、こんな話なのにメロドラマにはしなかった。声高に叫ぶわけじゃない。ただ受け入れる。どんなにつらいことでも。彼らが精魂込めて作った家が壊されるシーンが胸に痛い。大切なものがいとも簡単に破壊されていく。そんなところに幸せはない。
 

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