習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『ルックバック』

2024-11-11 17:20:00 | 映画

現在も上映中の大ヒット作がAmazonでの配信がスタートした。劇場公開時には58分の映画なのに、特別料金で割引なしで上映されたから、なんだかなぁ、と僕は思い見るのを控えてしまった。

今更だけど、ようやく見ることが出来てうれしい。ただ期待があまりに大きくて、見た時はこんなものか、と少しガッカリもした。もちろんとても丁寧に作られてあり、ふたりの想いはしっかり伝わってきたし、これは素敵な映画である。たった58分の映画だけど駆け足で描くことなく、じっくりとふたりの出会いから別れまでが描かれている。だけどあまりに作品世界は小さく、そこにきちんと収まりすぎた。例えば初めて新海誠の『秒速5センチメートル』を見た時のような興奮はない。あれも60分の映画だったが、衝撃を受けた。あの作品で僕は新海誠を初めて見た。たった60分の奇跡だ、たとえ新海でもあれを越える映画はまだ作れていない。

小学4年生の傲慢と純粋さが描かれる。何かに必死になって取り組み周りが見えなくなるまでのめり込み、やがてそっけなく諦める。あんなに一生懸命になっていたことを簡単に投げ出せる。子どもだから、とは言わさない。明らかな才能の差を見せつけられたら、誰だって立ち直れない。だけど子どもは、ほんの少しのきっかけで立ち直ることもある。そんな微妙な瞬間を捉える。

ふたりの出会いから共同作業を通して作品を完成させるまでがハイライトだ。特に中学生になったふたりの姿を描く部分が素晴らしい。相変わらず京本の引きこもりは続くけど、藤野と一緒に漫画を描くことで彼女は少しずつ外の世界と関わっていく、行こうとする。だから大学に行きたいという覚悟を藤野に伝えるシーンが痛ましい。京本の自立がふたりの決別につながる。

別々の道を進むふたりの再会を描くラストの傷ましさ。事件に巻き込まれて命を落とすことを、もしもあの日彼女を家から出さなかったなら、というアナザーストーリーに託す。あり得なかったもう一つのお話は人生にはない。この小さな映画がたくさんの人たちに支持されて劇場で大ヒットしたことは奇跡だろう。ひっそりと公開され一瞬で消えていくたくさんの映画と同じようになっても不思議ではない映画だ。現にたくさんの傑作映画がそんなふうに認知されないまま劇場から姿を消している。そんな中でこの小さな一作は観客にしっかり届いた。そんな奇跡が今年確かにあった。



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