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映画・演劇のレビュー

重松清『季節風・夏 僕たちのミシシッピ・リバー』

2008-08-20 06:23:20 | その他
 夏の子供たちがいる。12編の短編小説はもちろんそれぞれ独立したものだが、そこにはあらゆる世代の、夏の子供たちがいて、(かって子供だった大人も含む、ということが)彼らがそれぞれの夏をいかに過ごし、今ここにいるのかが、語られる。

 彼らはこの一瞬の季節の中で、今、自分たちに出来ることを全力でやり遂げようとする。家の都合で引越していかざるえない少年。彼は友だちと2人で自転車に乗り、40キロも先にある海を目指して旅にでる。ある少年はガンで死んでいく父親と最後1日を夏休みの宿題である工作をすることで過ごす。幼いにも関わらず、彼らは泣き喚いたりしない。祖母の葬式に集まった親戚一堂は、かって少年時代、お婆ちゃんの家で過ごした日々を振り返る。お婆ちゃんの孫たち、子供たちが過ごす離れでの最後の夜。死んでしまった兄のお嫁さんの再婚話を聞かされる1日。母の再婚相手と会う晩餐。夏の高校野球地区予選での最後の1球を見逃してしまったこと。東京に出て行った幼なじみとの再会。登校拒否の少年。隣家に引っ越してきた夫婦が新婚旅行先で事故死したこと。思いつくままに書いていけばきりがない。12編にはそれぞれのドラマがあるのだ。

 これは重松清らしいとても優しい短編集である。ちょっと感傷的すぎるけど、過ぎ行く夏の日に最大限の愛情を込めて、きちんとお別れを告げようとする姿が描かれていく。僕たちは限りある時間の中を生きている。なのに、思い通りにはいかないことだらけだ。だけれども、それを人のせいになんかしない。そんなことをしたって、何の解決にもならないことを誰よりも自分が一番よく知っているからだ。

 ここに出てくるたくさんの小学生たちですら、そんなこと十二分に承知している。それどころか、彼らは大人たちよりも潔い。この不条理に満ちた世界の中で、それでも精一杯に過ぎ行く夏を生き抜いていこうとする。そんな彼らの小さな心の旅が、大人である僕らにいくつものことを教えてくれる。

 12編のなかで、僕のベスト作品は隣家に引っ越してきた新婚さんとのささやかなやり取りを描く『風鈴』。2組の夫婦を通してどうしようもない無念と、平穏な日々を生きていくことの愛おしさが描かれる。

 これは、死と別れを中心に誰の心の中にでもある[あの頃(あの夏の記憶)]を最大限の愛情を込めて描く傑作である。

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