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映画・演劇のレビュー

『涙王子』

2010-01-07 19:29:27 | 映画
 1954年台湾、台中を舞台にしてノスタルジックな意匠を凝らしたヨン・ファン(楊凡)監督作品。范植偉、張孝全主演で高捷も出てる。セピア色の風景が美しい。楊凡は『美少年の恋』や『華の愛 遊園驚夢』の監督で、耽美的な映像で、甘い話をきちんと見せる人だ。だから、今回も実はあまり期待はしなかったが、台北で映画雑誌を買ったら、おまけで幸福戯院という名画座のチケットを貰った(日本ではありえないことではないか?)から、なんか嬉しくて、それにせっかくなんで、「これは運命だ」と思い、見に行くことにした。

 だいたい普通なら僕が台湾の名画座なんか行くはずがないし、この機会を逃したらきっと一生行かないだろうから、思い切っていく決心をした。だいたい台北に旅行に来てるのである。なのに普通行くか?

 台北市の隣、淡水を挟んだ対岸にある三重市というところに劇場があるらしい。バスで向かう。わざわざ台北にまで来て、場末の映画館に行くことになるとは思いもしなかった。川を渡ると街の雰囲気が一変する。ここには観光客は誰も来ない。ただの古い町だ。幸福戯院は日本ではもうお目にかかれない劇場で、マーケットの上にある。そこは集合住宅が続く巨大な建物で、ひとつの建物が町のようになり延々と続く。歩くと2,3分くらいかかる。なんだかよくわからないがそれって凄い。このくすんだような古い建物は、いったいいつの時代からあるのだろうか。

 劇場は6つのスクリーンを持つシネコン風だが、シネコンというより、昔ながらの場末劇場で、昔の新世界東映みたい。でも、座席はわりと綺麗で(新世界の映画館のようなことはない。普通のおばちゃんも来てる)2本立100元。(日本円で約300円)ふつうならこんなところに観光客(僕です)は絶対に行かないだろう。

 映画は『十月囲城』のようにはわかりやすくない。(それは当然だろう。アクションではなく、ドラマですから)でも、字幕なしは慣れてるので、大丈夫。なんとなくなら話はわかる。要は集中力の問題なのだ。

 子供たちがかわいい。彼女たちはただふつうに生きていたのに、考えられない不幸に見舞われる。だが、彼女たちはただそれを受け入れるだけだ。なんの抵抗も出来ない。幼い子供だから仕方ないことなのだが、泣き叫ぶでもなくただ運命を受け入れるだけだ。それは彼女たちの両親にしても同じだ。処刑された父。父と同じように拘留され牢獄に入れられる母。彼女はなぜか解放され戻ってくる。子どもたちとかってのように暮らす。だが、もう夫はいないし、幸せだった日々は戻らない。でも、それを受け入れるしかない。

 映画はスパイ容疑をかけられた夫と妻の話。それがこの2人の幼い子供たちの視点から描かれる。50年代の台湾では共産党のスパイに対する疑心暗鬼というのは、充分あり得たことなのだろう。それにしても悲惨な話だ。タイトルの『涙王子』とは子どもたちが読んでいる童話絵本で(これはオスカー・ワイルドの『幸福の王子』ではないか?)それが当然この映画の世界全体をイメージする。

 冒頭の幼い少女が先生の恋をする話が微笑ましい。だが、このエピソードがこの映画全体を象徴する。軍事施設の周辺で絵を描いていただけで、彼は処刑される。崖から放り投げられるのである。えっ!ってなる。当然今後、先生はもう彼女の前には現れることはない。そして、やがて優しかった父も、そして、母も、彼女のもとからいきなりいなくなる。仲よしだったクラスメートも、いなくなる。

 50年代の台湾の不幸な歴史を紐解くような映画なのだが、全体がノスタルジックで甘い。さすがヨン・ファンだ。告発するような映画ではない。日本統治下から脱して、共産党の脅威を感じながら、生きた時代の記憶が綴られる。とても日本では公開されそうにない地味な映画だ。(でもこれはなんと去年のベネチア国際のコンペに出品されている。)悪い映画ではない。というか、期待以上の出来で、満足した。見れてよかった。偶然の神さまに感謝。


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